2016.08.10 まちづくり・地域づくり
制定過程を大事にした議員提案条例のその後
元日本経済新聞論説委員 井上繁
北九州市議会が、対象を高校生までに絞った子ども読書活動推進条例を議員提案で制定し、公布、施行されてから1年余が経過した。議員立法は一般的には理念条例が多いが、この条例には、理念だけでなく、子ども図書館や、子ども読書活動推進会議の設置など予算を伴う具体的な取組も盛り込んでいる。
同市は、2006年に子ども読書活動推進計画、2009年に「子どもの未来をひらく教育プラン」、2011年に子ども読書プランを策定して乳幼児・児童・生徒の読書活動を後押しする政策を推進してきた。しかし、近年は、コミュニケーション能力の低下、いじめ、不登校、学力の下降傾向など児童、生徒についての多くの課題が顕在化してきた。
市は、「子どもの未来をひらく教育プラン」の中で、学校、家庭、地域を挙げた重点的な取組のひとつとして、「読書好きな子ども日本一」を掲げている。条例の制定はこれらの施策をさらに充実させることになった。
この条例について最初に議会事務局と相談したのは、それを担当する教育水道委員会には属さないが図書館などに強い関心を持つS議員だった。議員立法の提案方法としては、(1)委員会から、(2)超党派で、(3)会派から~それぞれ提案の3ケースが想定された。S議員によれば、(3)の特定会派からの提案だと、万一否決された場合はそれで終わってしまうおそれがある。そこで、選んだのは、(1)と(2)の混合型だった。
まず、他会派の議員に呼びかけ、数人で勉強会を開き、超党派でたたき台をつくった。それを受けて教育水道委員会に作業部会をつくってもらい、条例要綱の作成を委ねた。作業部会が教育水道委に条例(案)要綱を提示したのは2015年2月だった。ただ、その1か月後の3月に10人の委員全員が交代した。このため、同委は懇談会を開き、委員長がこれまでの取組を説明した。全委員交代の難局を乗り切ることができたのは、委員会とは別に会派ごとに条例(案)について意見交換を重ね、新委員の理解が進んでいたからである。
同時に、要綱の細部については市教育委員会と意見交換して、煮詰めた。その後、市議会は要綱について市民から意見を募集するパブリックコメントを行った。議会事務局には39人・団体から83件の意見が寄せられた。これを受けて、市民からの意見やこれに対する教育水道委員会の考え方を整理し、市議会のウェブサイトで公表した。市民からの意見を踏まえて条例(案)を修正した箇所もある。条例の最終案については、同委で、正副委員長が整理し、提案することで了承された。条例は2015年6月議会の最終日に上程し全会一致で可決された。
条例は前文で、「私たち北九州市民は、子どもが楽しく自主的に読書に親しむことができる環境を整備することにより、子どもの生きる力を育み、『読書好きな子ども日本一』を実現するため、この条例を制定」と述べている。主語を市や教育委員会ではなく市民としているのは、行政や市議会だけでなく市民ぐるみの取組にしたいとの思いからである。「子どもの生きる力を育み」という文言にも同市らしさが表れている。
「子どもの読書活動の推進に関する取組の拠点となる施設として、子ども図書館を設置するものとする」(9条)という規定も設けている。実際の設置については、執行部に任せるものの、任せただけでは議会の考えが実現しない心配があるとして、一定の政治的な拘束力をかけている。
条例を施行した翌月には、市教委の附属機関として子ども読書活動推進会議が格上げされて新たに発足し、子ども図書館整備の具体的な検討が続いている。2016年2月には、「新・北九州市子ども読書プラン」を策定した。この計画は、「子どもの自主性、主体性を引き出す」、「読書の楽しさを伝え、読書への関心を高める」、「シビックプライド(市民が都市に抱く誇りや愛着)の醸成に繋がる読書活動を推進する」ことなどに重点を置いて、2016年度から2020年度までの5年間で36の事業に取り組むことにしている。
条例施行後、施策が順調に進んでいるのは、議員立法を目指す議会が各会派や市民の声を徹底的に聞くなどその制定過程を大事にし、それを運用する執行部と十分な意見交換を行ってきたためである。