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2015.12.10 政策研究

スキーは「発祥」か、「伝来」か

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元日本経済新聞論説委員 井上繁

 何事も名前を付けるのは難しい。公共施設や条例の名称も例外ではない。新潟県上越市には、日本スキー発祥記念館条例があり、市街地が一望できる金谷山(かなやさん)には、その記念館や「大日本スキー発祥之地」と書かれた碑、スキーを教えた当時のオーストリア・ハンガリー帝国の軍人テオドール・フォン・レルヒの銅像などが建っている。
 日本スキー発祥記念館条例は、1992年に公布、施行された。開館時間、休館日、観覧料などを定めている。第1条には、「日本におけるスキー発祥地として、スキーの歴史的変遷に関する資料等を保存・展示することにより、郷土に対する認識を深め、教育、学術及び文化の発展に寄与するため、記念館を設置する」とある。記念館は同年4月に開業した。
 1911年(明治44年)1月12日に大日本帝国陸軍の長岡外史が師団長を務める第13師団歩兵第58連隊の青年将校たちが、軍事視察のため来日したレルヒから高田(現上越市)の営庭で指導を受けた。レルヒは、ほぼ1年間、第13師団に滞在した。1902年に210人の犠牲者を出した八甲田山(青森県)雪中行軍遭難事件以降、日本の軍隊では雪上の交通手段としてスキーに対する関心が高まっていた。
 日本で最初にスキーの指導を受けた土地をめぐっては、別の外国人講師から指導を受けた北海道との間に先陣争いがあった。上越市立総合博物館によると、大正末期に全日本スキー連盟の稲田昌植(まさたね)初代会長が「高田で初めてスキー術が研究され、正式なスキー術を一般に広め、各地に普及させた」として当時の高田を「日本スキー発祥の地」に認定し“お墨付き”を与えた。稲田会長は北海道出身だった。
 これを受けて、1930年、金谷山に「大日本スキー発祥之地」の碑が建立された。全日本スキー連盟などスキー関連6団体が、レルヒが高田でその指導を始めた1月12日を「スキーの日」と定めたのは2003年である。上越市では、毎年、民間の「レルヒの会」などがスキーの日にレルヒの顕彰会を催したり、「日本スキー発祥のはなし」という名前のA4判、8頁の冊子を市内の小学5年生全員に配布したり、レルヒ様様である。「レルヒさん」は、「笹だるま」などとともに新潟県のご当地キャラクターのひとつとしても活躍している。
 上越市の場合、発祥という言葉が先行して使われ、そのまま条例や記念館の名前に用いられた。こうした事情はともかくとして、そもそも「発祥」という言葉を使うのは適当だろうか。辞書で発祥は、「物事が起こりあらわれること」(日本国語大辞典、大辞林)、「物事の起こり出ること」(広辞苑)、「好ましい物事がそこから起こり始めること」(類語大辞典)とある。
 これについて、市は、「レルヒが指導したのは1本杖スキーだが、旧高田では現在の2本のストックによるスキーを普及させた。当地でスキー板の生産も始まり、スキー汁、スキーせんべい、スキーあめ、スキーようかんなど関連の産品が次々に売り出されたから発祥という言葉に違和感はない」(条例や記念館を担当する田中玲子自治・市民環境部文化振興課長)と説明する。
 だが、ストックの数は違っても、外国のスキーやスキー技術をレルヒが日本に持ち込み、日本人がこれを学んだのは事実であり、日本伝来の地というのが素直ではないだろうか。辞書では、伝来を「外国などから伝わってくること」(日本国語大辞典、広辞苑)としており、ぴったりだ。
 16世紀に欧州から鉄砲が伝来した地が種子島(鹿児島県)であることは広く知られている。長崎市の出島は、鎖国下の日本で、ヨーロッパの先進文化を受け入れる唯一の窓口であったため、伝来の地になっているものが多い。長崎市統計課の資料では、トマト、ヒマワリ、じゃんけん、ワクチン療法の技術などが伝来している。伝来の地は、発祥の地とともに歴史上、大事な出来事であり、両者に優劣はない。
 もちろん、地元が長い間誇りにし、大事な地域資源として観光などに活用していることに水を掛けるつもりはない。しかし、そのネーミングは地元だけの論理でなく、衆目の認めるものでないと、全国的な共感を得にくいかもしれない。

市街地が一望できる金谷山に建つ「日本スキー発祥記念館」市街地が一望できる金谷山に建つ「日本スキー発祥記念館」

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