2015.11.10 政策研究
奄美市の1集落1ブランド事業とリーダーシップ
元日本経済新聞論説委員 井上繁
鹿児島県奄美市の各集落(シマ)には、昔から伝わる唄や踊り、自然景観など「シマの宝」が多い。同市の1集落1ブランド事業は、これらを活用して、島人(シマンチュ)同士や来訪者との触れ合いを活発にし、集落を元気にする起爆剤にすることをねらっている。集落ごとにブランドを認定しているのは、それが独立した1つの文化・経済圏になっているからである。1ブランドといっても、1つに制限しているわけではなく、複数のブランドを持つ集落もある。
仕組みは、市幹部に民間人を交えて組織する委員会が、各集落からの応募を審査し、それを市長がブランドとして認定する。最初の申請は2007年度に受け付け、15集落の17ブランドを認定した。事業を開始した当初、集落単位でブランドを持つのは全国的に珍しかった。その後、2008年度と2010年度に2集落2ブランドずつを認定した。現在の合計認定数は19集落の21ブランドである。種類別では、踊りや建築物などが11ブランドで最も多く、自然景観・植物が6ブランド、特産品が3ブランド、食べ物が1ブランドである。
笠利地区(旧笠利町)節田(せった)集落の「節田マンカイ」は踊りで、2007年度にブランドの認定を受けた。マンカイは神を招くという意味である。男女が向かい合って並び、三味線や太鼓の音に合わせて、招くような手振りをしながら歌掛けを続けていく。主に旧暦の正月に行われるため「正月マンカイ」ともいわれる。1930年頃まで当時の笠利町全域で踊られていたが、今は笠利地区ではこの集落だけに残っている。
同集落の人口は294世帯、533人(2015年1月末現在)。その全員を会員として節田マンカイ保存会を設けている。2015年の「節田マンカイ」は2月19日に集落の生活館(公民館)で行われ、集落外の人も含め105人が参加した。前年より31.3%増え、にぎやかだった。ブランドの認定を受けた翌年に鹿児島県の無形民俗文化財の指定を受けたことは保存会にとって追い風になった。婦人部の練習が盛んになり、保存会の会員は年に何度か校区の小学校に出かけ、文化財でもある伝統芸能を子どもたちに継承するため手ほどきを続けている。節田の場合、2015年春、10年ほど保存会の会長を務めたMさん(1946年生まれ)から、Sさん(1958年生まれ)がバトンを引き継いだ。壮年期のうちにリーダーになり、前任者が見守る態勢である。Sさんは「昔のマンカイは男女の出会いの場だった。これからは子どもと高齢者、観光客と地元の人、外国人と地元の人などの交流の場にもしたい」と意気込みを語る。地域リーダーである保存会会長を中心に老若男女の集落の人たちが協力する伝統的な態勢は盤石である。
同じ笠利地区の打田原(うったばる)集落のブランド名は「エメラルドブルーの海と天然の塩づくり体験」と長い。海の色にはリーダーWさんのこだわりがある。関西の勤務先を定年退職して故郷に戻ったところ、海岸には生活ごみや流木が散乱していた。きれいな海や砂浜とともに暮らしていた昔を思い出しながら毎朝、海浜清掃を行う中で徐々に協力者が増えていった。ごみや流木は焼却処分した。1年近く続けて昔の浜がよみがえった。
ごみなどを焼却していて思い立ったのが、そのエネルギーを活用した塩づくりと、子どもたちのための「自然体験塾」の建設だった。建物は2007年に完成し、「天然の塩づくり体験場」と名付けた。これを村おこしに役立てるため、この年、1集落1ブランドに応募して認定された。1年後にこの施設を集落会に寄贈し、集落の事業に衣替えした。集落は、31世帯、60人と小規模である。2014年度には、集落会の女性会員グループがソテツの実(ナリ)を使ったナリうどん、ナリ入りクッキー、ナリ入りドーナツ、ナリ粉などを開発、販売を始めた。ナリの製造設備は、2013年度に市の補助金を使って導入している。天然の塩を含めた集落の商品は奄美空港や奄美大島の商店などで販売している。
伝統を守るために世代ごとの後継者の育成に力を入れている節田。1人の個性と行動力で小集落を引っ張っている打田原。手法は違うものの、両者に共通しているのは、強いリーダーシップを持つ人材の存在である。ブランドの認定を受けた集落は、年月が経過するとともに、活動の活発なところと、低調なところとの開きが目立つようになった。成果を上げている集落の活動の足跡を振り返り、成功の秘けつを学び取りたい。