2015.08.10 政策研究
市民が育てる「アオーレ長岡」
元日本経済新聞論説委員 井上繁
全国市長会会長を務めるなど多忙な森民夫新潟県長岡市長が執務する市長室にはひそかな息抜きの場がある。ガラス張りの市長室の脇のドアを開けると緑豊かな小さなテラスに出る。ここから屋根付き広場の「ナカドマ」などを一望できる。市民の活発な活動の様子を目の当たりにすると疲れも吹き飛ぶようだ。市民活動の現場によく足を運ぶ市長らしい気分転換法である。
市役所も入ったアオーレ長岡は2012年に開業した。ナカドマを中心に、市の本庁舎、議場、多目的アリーナ、その他の市民交流スペースなどが有機的につながった複合公共建築である。アオーレは「会いましょう」という意味の土地の言葉で、地元の中学生が名づけ親だ。ナカドマは中土間という漢字をあえてカタカナで表記している。雪の日でも活動に支障がないように屋根を付けた。一連の建物は、JR長岡駅とペデストリアンデッキでつながっており、雨天でも傘をささずに往来できる。
多くの地方都市で中心市街地の衰退が目立つ中で、同市は商業者に奮起を促すだけでは中心市街地の再生は難しいと判断し、市役所など公共、公益的なサービス機能を中心市街地に分散して配置する中心市街地活性化作戦を進めている。その象徴がアオーレ長岡である。
シティホールプラザアオーレ長岡条例は2011年に制定された。「本市は、市民協働によるにぎわいと活力のあるまちづくりを推進するため、市民交流の拠点としてシティホールプラザを設置する」(第1条)とあり、市役所と議会以外の施設として、第3条で、市民協働センター、市民交流ホール(市民交流ホールA~D、ホワイエ)、アリーナ(アリーナフロア、多目的室、会議室)、ナカドマ、シアター、駐車場を列挙している。
東棟1階には、市役所の窓口を集約している。市民に身近な手続ができる10の窓口が並んでおり、土曜、日曜、祝日も開いている。市役所を訪れた市民は、まず「市役所コンシェルジュ(総合ガイド)」で用件に応じた窓口を尋ねればよい。東棟4階には、市の危機管理防災本部や市長室が入っている。西棟の1階は市議会議場、2階には一般の傍聴席や親子席がある。議場のナカドマ側はガラス張りである。
旧長岡市内の市役所庁舎は7か所に分散している。このうち、中心市街地にはアオーレ長岡内の本庁舎のほか、市民センター庁舎と大手通庁舎の3か所にある。3か所の庁舎は地下道でつながっている。市民センター庁舎には、国際交流センター・地球広場、障害者プラザ、ハローワークプラザ長岡、大手通庁舎には、まちなかキャンパス長岡や長岡震災アーカイブセンターなど市民活動と縁の深い団体も入居している。
市が毎年10月に実施している長岡駅周辺15地点の歩行者通行量調査では、2014年の土曜・日曜はアオーレ長岡開業前の2011年に比べ49.9%、平日は14.0%増えている。市営駐車場の利用台数も開業後は約1.3倍に増加している。アオーレ長岡のイベント来場者を対象に行ったアンケートでは、回答者の65%が「まちなかがにぎやかになった」「まちなかでの買い物や飲食の機会が増えた」などと回答した。また、アオーレ長岡来訪者の70%が「ついでにまちなかに立ち寄る」としており、この施設がまちなかのにぎわい創出に効果を及ぼしていることが分かる。
この施設で2014年度に催されたイベントのうち行政の主催したものは全体の13.7%にすぎず、86.3%は市民など民間の主催するものだった。なかでも、市民の手づくりによるものや、自発的な活動が多く、市民が施設を使いこなし、育てていることがうかがえた。
アオーレ長岡の設計にあたっては、コンペによって建築家隈研吾氏の案が選定された。この計画を立案した森市長と、隈氏ら3人は2014年に、市役所が、まち並みの形成と、にぎわいの創出、市民協働の場の創出に寄与する新たな空間モデルを提示した、として日本建築学会賞を受けている。
市議会の議場は、一般に市庁舎の上層階に配置されることが多い。長岡市の場合、市民と議会との一体感を醸成するため、議場を大勢の市民が集まるナカドマに面する1階に配置した。これについては、当初、なぜ1階なのかを理解する議員は少なく、議員が新幹線で上京し、隈氏に抗議する一幕もあった。今、各地から長岡市議会を視察に訪れる議員は多い。