元日本経済新聞論説委員　井上繁

　北海道苫小牧市に隣接する厚真（あつま）町役場の庁舎を訪ねると、ハスカップをPRする垂れ幕が目に飛び込んできた。ハスカップの実には鉄分やカルシウムが多く含まれ、アイヌの人たちは「不老長寿の実」として珍重してきたと町勢要覧に記載がある。
　厚真町の面積は長崎市とほぼ同じだが、人口は5,000人足らずである。明治中期までこの土地では多くのアイヌの人々が暮らしてきた。明治20年代に油田が発見され、同時にこの頃から農業を目的にした北陸などからの開拓者の入植が続いた。
　入植当初の住宅は粗末だったが、米作などで成功した人は、故郷への思いを込めて出身地の建築様式を取り入れ、北海道産の材料を使った農家住宅を建造した。それが古民家として町内に残っている。しかし、町民にとって古民家は見慣れた風景であり、その存在はほとんど認識されなかった。
　それが話題になるきっかけは2009年にさかのぼる。定年を機にＵターンした元高校教員が、曾祖父が明治年間に建てたという古民家の部材を最大限活用して、その面影を残しながら快適な生活ができるように再生した。その際、札幌のNPO法人北の民家の会が主催して解体や再生の現場見学会を開いた。同会は完成時にも見学会や、再生した住宅を会場に古民家再生シンポジウムを催した。こうして古民家に対する町民の関心は徐々に高まっていった。
　町は2010年には、建築史が専門で、北の民家の会の理事長も務める羽深久夫札幌市立大学教授に町内全域の調査を依頼した。この結果、明治から大正期の古民家が少なくとも16軒現存することが確認された。
　これまでに見つかった古民家は、富山県に多い越中造民家、石川県に多い加賀型・能登型民家、福井県に多い越前型民家の３タイプである。特に富山県砺波、射水地方の越中造民家の伝統的な家屋構造である「枠わくの内うち」づくりの古民家は10軒以上が確認されており、最も多い。
　多くの古民家が現存しているのは、雪の多い北海道では珍しく、いずれも開拓期の歴史的遺産として価値の高いことが分かった。100年以上前の古民家が今も残っているのは、積雪、寒冷という風土が北陸と似ている上、太平洋に近く比較的温暖で、北海道にしては雪が少なく、家屋が傷みにくい条件がそろっていたためと関係者は見ている。長い間苦労を重ねた末に故郷の伝統家屋を建造したため愛着が強く、その思いが子孫に伝わり大切に管理されてきたという事情もありそうだ。
　これらを受けて、2011年には厚真町古民家再生推進協議会が発足した。協議会は、学識経験者、NPO法人、北海道、町民代表で構成している。同協議会は翌2012年に「道内有数の古民家の現存地域であることが確認された厚真町が、貴重な歴史遺産である古民家の保存、再生について北海道における先導的な役割を果たす必要がある」との提言書をまとめた。
　2013年には趣旨に賛同した町民から古民家「旧畑島家住宅」を寄附したいとの申出が町にあった。町は2014年にこれを新興住宅地フォ―ラムビレッジの一角に移築する工事に着手した。2015年３月に完成し、４月に開業の予定である。
　厚真町の場合、古民家という埋もれていた地域資源をひょんなことから再評価し、これを観光などに結びつけることになった。
　ここまで順調にきたのは、町、NPO、大学に加え、民家再生のノウハウを持つ民間業者との連携がうまくいったからである。
　同時に、町民の理解を得るための工夫も特筆すべきことである。古民家再生推進協議会の構成員10人のうち半数の５人は各自治会の代表である。古民家の解体時や完成時には見学会などを開き、かなりの住民が参加した。これらの催しの際は地元のマスコミに取材の便を図ったこともあり、何度も報道された。こうした積み重ねが町民の理解につながるとともに、先祖代々の資産を町に寄附するきっかけになったのだろう。
　旧畑島家住宅の移転後の活用については公募の結果、町地域おこし協力隊員のＴさんがパンの店を開業し、広間を演奏会など文化活動の場として活用する計画である。特産のハスカップの入ったパンなども並ぶのだろうか。町内には、内部が古民家風の飲食店も。