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2017.10.10 政策研究

思い出がいっぱい詰まった寄贈レコード100万枚

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元日本経済新聞論説委員 井上繁

 北海道日高地方のほぼ中央に位置する人口5,600人の新冠(にいかっぷ)町は、ハイセイコーやオグリキャップなどの名馬を育てた競走馬のまちである。国道沿いの山側8キロメートルには牧場が連なり、「サラブレッド銀座」と呼ばれる。
 この町のもう一つの宝は、全国から寄贈された100万枚のレコードである。これらを収蔵するために1997年に開館したのが「レ・コード館」(正式には聴体験文化交流館)である。高さ36メートルの展望タワーを備え、建物全体をレコードとプレーヤーに見立てたデザインである。「レ」と「コード」の間に「・」があるのは誤植ではない。レコードはもともとレ(戻る)とコード(ラテン語の心)の合成語であることを知り、心の記憶を呼びさますという本来の意味を込めて名付けた。
 町内のジャズ愛好家らのサークル「一枚のレコード」が、1989年頃、「思い出の詰まった捨てられないレコードを全国から集めてまちづくりに役立てたら」と町に提案したのがきっかけだった。1991年度には国土庁(当時、現国土交通省)の過疎地域活性化推進モデル事業に指定された。同時に、全国の人に呼びかけて不要になったアナログのレコードを送料は寄贈者の負担で送ってもらった。協力者が相次ぎ、開館時には42万枚が確保できた。
 レ・コード館には、専用の収蔵庫であるレ・コードバンク、個室のリスニングブースのほか、ミュージアム、507席の町民ホール、90席のシアターなどがある。開館の前年には聴体験文化交流館条例が制定され、1997年1月1日に施行された。条例は、設置(第1条)、名称及び位置(第2条)、事業(第4条)、使用、入場許可(第5条)など12条と、附則で構成されている。その後、施設の使用料や入場料を中心に7回改正された。
 寄贈レコードは今年5月に目標の100万枚に達し、受け入れを中止したものの、今でも平均して3~4日ごとに寄贈の問い合わせがあるという。100万枚目は坂本九の「幸せなら手をたたこう」だった。ジャケットに笑顔で写っている九ちゃんは、1985年の日航ジャンボ機墜落事故で犠牲になっている。
 町は、寄贈に当たって届いた便りの一部をウェブで公開している。「新聞の記事をみて私も送らせて頂く事にしました。主人や子ども達が一時期楽しんだものですが、主人もなくなり子ども達も別々に忙しくしており長く使ふ人もありませんので(略)何かの御役に立てばと思ひ送らせていただきました」(神奈川県)、「若い頃に夢見た優雅なくらしとは程遠く、レコードをゆっくり聴く時もなく転勤の時に梱包したまま二十余年。長い間箱詰めされやっと日の目を見ることができそうで私も安心(略)」(兵庫県)といった具合である。米国コロラド州からも「日系二世の婦人より長年所有していたレコードの保存等の相談がありました。(略)インターネットで貴館の事を知りました。貴館の趣旨に婦人の意向が合うものと思い寄贈させていただきます」(いずれも原文のまま)と届いた。どの便りにも思い出がいっぱい詰まっている。
 レ・コード館を担当する役場の組織は何度も替わっている。町が1992年に企画課内にレ・コードと音楽による町づくり推進室を設置したのが振り出しである。1996年に企画課レ・コード館開館準備室と改称、1997年にはレ・コード振興課として独立した。1999年に同課と教育委員会社会教育課が統合されて、教育委員会のレ・コード課となり、2005年に現在の社会教育課と改称された。開館後はレ・コードを前面に出し全国的にも珍しい名称だったが、近年は名前の通り町民の生涯学習施設としての性格を強めている。
 レ・コード館が開業して20余年。CDが主流の開業当初は家庭や放送局でさえ古いレコードを持て余し気味だった。最近は電機各社が新型のレコードプレーヤーを再び販売するようになった。ネットの音楽配信サービスで聴いた曲のレコードを購入し、しゃれたジャケットを飾って楽しむ若者も増えている。
 アナログレコードに再び光が当たりつつある今日、他地域やレコード愛好家との交流を活発にするチャンスがレ・コード館に到来しつつあるのではないだろうか。

レ・コード館の懐かしいジャケットの数々レ・コード館の懐かしいジャケットの数々

井上繁(元日本経済新聞論説委員/元常磐大学大学院教授)

この記事の著者

井上繁(元日本経済新聞論説委員/元常磐大学大学院教授)

元日本経済新聞論説委員/元常磐大学大学院教授 早稲田大学政経学部卒業後、日本経済新聞社に入社。自治、地域問題担当の編集委員、論説委員などを歴任。社説、時評などを執筆した。2000年に常磐大学に転じ、大学院コミュニティ振興学研究科教授などを務めた。 著書に『世界まちづくり事典』(2008年度日本都市学会賞受賞)、『日本まちづくり事典』、『自治体の地域政策』『共創のコミュニティ』、『地域連携の戦略』など。

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