2017.09.11 政策研究
発展著しい中国発信の国際放送「CGTN」
元日本経済新聞論説委員 井上繁
そのドラマは、中国の山奥の村が舞台だった。地域振興のために村人が共同で林野を開拓してバラの栽培を始めたものの、竜巻のような強風が襲い壊滅状態になる。彼らはそれでもあきらめずに助け合って再起を果たした。最初はバラを切り花として出荷したが、それだけでなく、その花や香りを使って「花もち」と呼ぶケーキを作ることを思いつき、やがてそれは地元の特産品として地域経済を潤すことになった。
中国国営のCCTV(中国中央テレビ)制作のこのテレビドラマは、老若男女の村人が何重にも手を重ね「これからもがんばろう」と声をそろえてフィナーレとなる。かつて、平松守彦・前大分県知事が提唱し各地に広がった「一村一品運動」や、日本の農村地域の6次産業化の取組みなどと重ね合わせて興味深かった。
ドラマを鑑賞したのは7月中旬のドイツのホテル、テレビ局はCGTN(チャイナ・グローバル・テレビジョン・ネットワーク)である。中国語の放送に、英語の字幕が付いていたから理解できる。これを機に、滞在中、英語で情報を発信している同局にチャンネルを合わせる機会が増えた。
この十数年、ほぼ毎年、同じ時期に欧州取材に出かけ、各地の中堅ホテルに泊まっている。フランス語もドイツ語もだめだから、欧州でニュースを知るには去年まで英語放送の米国・CNNか、英国・BBC、経済ニュースなどはCNBCに頼っていた。CGTNは初めて耳にした局である。それもそのはず。帰国後調べると、CGTNは、CCTVから国際放送部門を分離し、英語による24時間放送のニュースチャンネルとして2016年12月31日に開局している。
産経新聞社がCGTN開局日の昨年の大晦日に共同電として配信したネットの産経ニュ―スによると、習近平国家主席は、放送開始に合わせて祝電を寄せ「中国はさらに世界を理解し、世界もさらに中国を理解する必要がある」と指摘、「世界平和の建設者、国際秩序の擁護者としての中国の良いイメージを伝えてほしい」と強調したとある。
ニュースを中心に、その解説や、現地からの報告、主要ニュースを常時、字幕で流すといった手法は、CNN、BBCなどとよく似ている。番組は、「ワールドトゥデイ」、「アジアトゥデイ」、「アメリカナウ」といった具合である。途中で局名のロゴや、番組のPRなどが入らなければ局の区別を付けにくい。
各国で見ることのできる衛星放送の場合、チャンネルを合わせてもらうために局や番組の宣伝に力が入る。CGTNも、随所で、取材網や分析力を誇示している。筆者がたまたま見かけただけでも、ワシントン、ニューヨーク、ロンドン、ブリュッセル、カイロなどのほか、アラブ首長国連邦のひとつであるドバイ、南米ベネズエラの首都・カラカスなどから記者が報告していた。キャスターなどは中国姓の人は少なめで、英語に堪能な外国人が中心である。北京と結ぶ討論番組などでは、大学教授や新聞記者などそれぞれの地域に詳しい専門家を起用している。中国国内のニュース報道は全体として抑え気味で、世界全体に目配りしていることが分かる。トランプ米大統領の支持率低下などについてはグラフを用いて繰り返し放送していた。「世界の天気」では、日本については東京のほか、観光客に人気の京都を取り上げるなど工夫した様子がうかがえる。
ドイツで有数の工業都市のホテルでは、BBCもCNNも視聴できず、CGTNだけだった。有名な保養地のひとつのホテルではBBCとCGTNが入り、CNNは見られなかった。ここでは、CGTNのフランス語放送、中国語放送も別のチャンネルで視聴できた。筆者の経験は一部の星の多い高級ホテルではなく、ビジネスマンなどの泊まる中級ホテルでのそれである。CGTNが開局して半年余、前身のCCTVがあるとはいえ、欧州でCGTNのすそ野が急速に広がっていることが分かる。
これに対して、NHKの英語による国際放送「NHKワールド」が視聴できたのは、宿泊した6ホテルのうち1か所だけだった。内容も暇ダネが多く、世界のニュースをカバーするという面で遅れをとっていることは明らかである。