2017.05.25 政策研究
【フォーカス!】政権に本気度は感じられず
国と地方の今。明日の議会に直結する、注目の政策をピックアップして解説します。
形だけの23区大学抑制
政府のまち・ひと・しごと創生本部の「地方大学の振興および若者雇用等に関する有識者会議」は5月11日、「地方創生に資する大学改革に向けた中間報告」をまとめた。東京圏への人口の過度の集中を是正するため、東京23区での大学の定員増を認めない抑制策と地方大学の振興とをセットで、法的な枠組みを含めて抜本的対策を講じるとしたことが柱だ。
今後、まち・ひと・しごと創生基本方針や骨太の方針などに盛り込むこととで、来年度予算や税制改正要望に反映させるほか、12月までに抑制方法などをさらに検討、必要であれば来年の通常国会以降に法案を提出する予定という。
都心への回帰
まず中間報告の柱を紹介しておこう。地方にとってメリットがあるように見えるのは、①東京23区で定員増を認めず、学部・学科を新設する場合、既存の学部を廃止するなどして総定員が膨らまないようにする、②学生の少ない県に首都圏の大学のサテライトキャンパス設置するように支援するほか、産業振興や人材育成に取り組む地方大学を財政支援する―といったところだろう。
まず23区の定員に上限を設定する考えだが、これは1959年に制定された「首都圏の既成市街地における工業等の制限に関する法」と発想は同じだ。工場や大学の新増設を制限することで都市環境の整備や改善を図るという狙いがあった。
23区への集中をストップする効果があり、私立大学の多くが大規模化のため周辺部にキャンパスを造ったのもこの影響である。ただこの規制はバブル崩壊後の経済活性化の意味合いや規制改革の点から2002年に廃止された。
この結果、東京というブランドを生かすため、私立大学が都心への回帰を図っている。1960年の23区の学生数は31.3万人(東京1都3県の東京圏では35.9万人)に対し、制限法を廃止した2002年が23区は41.2万人(同108.8万人)、2016年が23区は46.7万人(同108.3万人)という数字からも分かる。東京圏全体の学生数はほぼ同じだが、23区だけが増えているのである。
少子化の進展
東京23区の定数増が進み続けると中間報告は「地方大学の経営悪化や東京圏周縁地域からの大学撤退等を招きかねない」と指摘した。この点から23区に上限を設けることは、意味があるようにも見える。だが、報告書にはいつから設定するかは書いていない。私立大の経営の根幹にかかわることであれば、一定の猶予期間を設けるのは当然である。さらに既に十分な数を確保しているから国もこういった方向を出したという見方もある。また猶予期間中に駆け込み増員といったことも考えられる。
報告では、新たな学部・学科の新設の際のスクラップ・アンド・ビルドの徹底を求めているが、定員枠の確保の意味からの他大学との合併や定員数の売買といった方法も編み出されるかもしれない。つまりは、この報告だけでは実効性が分からないのである。
さらに少子化の進展がある。現在約120万人の18歳人口は今後、全国で急速に減っていく。2030年には101万人、2040年には80万人と推定されている。
その状況で23区内の学生数を増やさなかったとしても、若者自体の数は減少している。23区に同程度の人数が進学するのであれば、地方の人口減少が止められないのは明らかである。つまりは、学生数を削減するような思い切った手段、あるいは東京圏全体での学生数を減らすような方法でなければ、地方の18歳人口の維持には役立たない。
雇用をセットに
この報告では、大学の入学者数にターゲットを当てている。これは全国知事会が2016年11月、首相官邸で開かれた知事会議で、東京一極集中を是正するため、東京23区での大学・学部の新増設を抑制し、地方への移転を促すよう政府に要望したのがきっかけだからだ。
知事会の言うことは受け入れ検討することで不満を吸収する。安倍政権のブラックホールのような体質を示す一例ともいえる。だが、考えるべきは、地方の若者の減少は大学進学だけによるものなのか、ということだ。
地方から大都市に移るタイミングは人生で2回ある。1回目は、高校を卒業して進学や就職をする時、2回目は地方の大学を出て就職する時だ。その最大の要因は、若者にとって魅力ある仕事が地方には乏しいことに尽きる。
つまり東京の大学側に学生数を増やさないようにして地方の大学に進んだとしても、結局は卒業時に仕事を求めて都市に出てしまう。地方での高給の仕事、新卒で就職したいような仕事を増やす雇用の受け皿づくりをセットで実施しなければ意味がないのだ。
地方創生の総合戦略で政府は、東京五輪を開く2020年には、東京圏への転入者を抑え、反対に転出者を増やして転入超過を解消し均衡にする目標を掲げている。これを実現する地方創生の目玉策として、東京23区からの本社機能の移転を促す税制優遇を導入した。
だが、この3月末で移った企業は計15件どまり。東京圏に本社を移す企業の数の方が大幅に上回っているのが現状だ。2016年の転入超過は前年よりも少なくなったとは言え、11万7868人だった。この目標、もともと絵に描いた餅とも言われていた。地方に反乱を起こさせない慰撫策とも言えただろう
現在、政府は目標の見直しか、施策の上乗せを迫られているのである。地方創生の柱となる目標でさえ達成できない中での、新たな大学への対応である。これまでの成果から見ても、今回の内容から考えても安倍政権の本気度を疑わざるを得ない。
今、最も強化すべきは、大学対策ではなく、地方での若者が行きたくなるような雇用の創出である。まず国が政府関係機関の移転を率先して進めるのは当然だ。京都に移る文化庁に加えて、どこまで中央省庁を移すことができるのか。
企業についても、本社機能を移した企業として挙げられる大企業は地方創生の前から熱心だったところだ。理由も創業者の思いといった情緒的な例が多い。税制優遇があったとしても、移転は難しい。それならば本社は東京のままで、東京になくても機能する職種、職住近接の方が効率的な職種については、サテライトオフィスをつくり地方に移すような次善の策を積極的に進めるべきだ。その際には首都直下地震といった大災害に備え、事業継続の点からも有効であることもアピールすべきである。
地方の個性伸ばせ
東京から移すのが王道だとしても、よほどの強制的な手法を使わなければ、大学や企業を移すことはできないだろう。それよりも、地方に今ある中核となる企業や大学を伸ばすことに力を入れるべきである。
学生の多くが地方に魅力ある企業があることを知らない。それを補うため経営者と学生の交流の機会を増やしたり、地方企業が学生を受け入れるインターンシップを支援したりする方法も重要だ。
中小企業に入社した後、新入社員が少ないことから孤立する例も多いという。複数企業の同世代の若者を集めて〝同期入社〟として交流して支えあっている例がある。さらに地元の企業に入れば、奨学金の返済を自治体が支援する例も広まってきた。
大学側としては、東京にある大学のサテライトキャンパスを地方に置くことを推奨し、東京と地方との学生交流を活発化させることだ。東京の大学に行かなくても都会の生活を一定期間楽しむこともできるし、都会の学生が地方での生活を経験することで、地方移住の一つのきっかけになる。
欧米には大学が中心の地方都市が多くある。国際的な認知度が高まれば、世界から学生を集めることができる。優秀な学生が集まることで、企業を誘致したり、起業の可能性が高まったりする。地方大学の個性的な取組を後押しするような施策も不可欠である。
学生の東京一極集中を是正するために今必要な必要なのは、形だけの抑制策ではなく、これら施策の総動員と言えるだろう。