2016.06.10 政策研究
ウルトラセブンからエコパリまで
元日本経済新聞論説委員 井上繁
全国600余の公立美術館は、観覧者が増えず、自治体の財政難も重なって運営に四苦八苦しているところが少なくない。小規模市町村が経営する美術館はなおさらである。
こうした中で、人口約3万1,082人(2016年4月末現在)の岡山県新見市の新見美術館は順調に観覧者を増やしている。同市は岡山県北西部に位置し、鳥取県に接する中山間都市である。2005年に旧新見市と近隣4町が新設合併して生まれた。同美術館は郷土出身者からの寄贈品を元に旧新見市時代の1990年に開館した市立の施設である。富岡鉄斎はじめ、近・現代の日本画や、郷土ゆかりの洋画家などの作品を集めている。
新見美術館は、市の指定管理者として公益財団法人新見美術振興財団が運営している。市は、美術館のために、新見美術館条例、新見市新見美術館運営基金条例、新見市新見美術館美術品購入準備基金条例の3条例を制定している。いずれも旧新見市時代の条例を引き継ぐ形で、合併と同時に公布、施行された。新見美術館条例は、市内の小・中学生の観覧料を無料にすることや、指定管理者の業務などを定めている。美術館運営基金は主として指定管理料、美術館美術品購入準備基金は美術品の購入に充てている。2016年3月末現在の残高は、前者が1億3,091万円、後者が4,454万円である。
開館後、2004年までの観覧者は、開館10周年の2000年を除いて最高でも年間8,000人程度にとどまっていた。開館15周年の2005年度は1万6,524人と倍増した。新・新見市の誕生を記念し、放浪画家で知られる山下清展を催したことが貢献した。その後は増減を繰り返し、2009年度は2万4,948人、俳優、タレント、画家など多方面で活躍する片岡鶴太郎展を開催した2011年度は3万1,107人を記録した。その後、2012年度から2014年度までは2万人台で定着した。2015年度は、3万5,720人で過去最高となり、同市の人口を上回った。小規模美術館では珍しい美術館美術品購入準備基金を持ち、作品を随時補強していることも観覧者の増加に寄与している。ただ、新見美術館開業1年後の1991年に開館して年間平均観覧者が人口5万2,000人の5.5倍に達している群馬県みどり市立富弘美術館など集客力抜群の例もあり、手放しでは喜べない。
新見美術館の2015年度の観覧者増に一定程度貢献したのが特別展「エコール・ド・パリ(エコパリ)~パリに咲いた異邦人の夢~」と、多大な貢献をしたのが特別展「ウルトラセブン展」である。2つの企画は性格が大きく異なる。
エコパリは、芸術の都ともいわれるパリをテーマにしており、いかにも美術館らしい企画だった。エコール・ド・パリは「パリ派」という意味である。ただ、派といっても共通した理念や画法があるわけではない。20世紀前半にパリに集まり互いに刺激を受けながら自らの表現を追求した多彩な芸術家たちの総称である。その中にはフランス生まれのユトリロやローランサンもいたが、その多くは、藤田嗣治(日本)、シャガール(ロシア)、パスキン(ブルガリア)、キスリング(ポーランド)など外国からやってきた自由に憧れる野心的な画家だった。エコパリは一般財団法人地域創造の企画した共同巡回展の一環で、そのコレクションで知られる北海道立近代美術館と、札幌芸術の森美術館の協力で実現した。前者からはパスキン、シャガールを中心に藤田嗣治らの油彩、素描、版画、後者からは彫刻作品を中心とした所蔵作品、合わせて70余点が展示された。新見での観覧者総数は4,180人、1日平均113人で、準備に時間をかけた割には多くなかった。共同巡回展は、新見が皮切りで8月21日から9月27日まで、その後、大分市美術館、はつかいち美術ギャラリー(広島県廿日市市)、清須市はるひ美術館(愛知県)と回った。
ウルトラセブン展は、1960年代に初放映され人気を誇った同名のテレビ番組の魅力を再現する企画だった。7月4日から8月16日までの会期中、当時を懐かしむ中高年や再放送を楽しんだ親子連れなど1万3,545人、1日平均307人が訪れ同美術館としては盛況だった。館内にはウルトラセブンをはじめ、宇宙人や怪獣の大フィギュアが並んだ。メトロン星人が隠れ家にしたアパートを再現したコーナーでは、ちゃぶ台を囲んで家族で記念撮影する姿も目立った。ウルトラセブンとの握手会なども行われた。
従来型のエコパリが「静」なら、ウルトラセブンは「動」であり、遊園地のようににぎやかだった。観客に足を運んでもらうという点では、「動」に軍配が上がる。「動」の勢いを「静」の企画にどうつなげていくかが課題である。