2016.04.11 政策研究
条例はいつ廃止すべきか
元日本経済新聞論説委員 井上繁
それぞれの自治体が独自の条例を制定する際、提案者は条例案の一字一句について十分検討して煮詰め、提案する。条例案について市民などから意見を求めるパブリックコメントを行う例も少なくない。だが、制定された条例をいつ廃止すべきか、役割を終えたかどうかの議論は、必ずしも十分行われていない。
暴走族や徒歩暴走族、それをあおる“期待族”を規制する兵庫県姫路市の「姫路市民等の安全と安心を推進する条例」もそのひとつである。毎年6月に市の中心部で行われる「姫路ゆかたまつり」に一時期、特攻服姿の若者が押しかけ警察との間で小競り合いを起こした。この条例は、こうした迷惑行為を取り締まるために2001年に公布、施行された。
徒歩暴走族は、バイクには乗らずに特攻服など派手な暴走族ファッションに身を包み、「バーリバリ」などと叫びながら思うままに行動する。青森ねぶた祭に出没する黒装束の「カラス族」もその一種とされる。集団でバイクや車を乗り回す暴走族の取締りが強化されたことで、電車や徒歩で集まるようになった。
「姫路ゆかたまつり」は、世界遺産である姫路城の守護神になっている長壁(おさかべ)神社の例祭にちなむ夏祭りである。祭りでは、浴衣姿の家族連れなどがそぞろ歩きして城下町の風情を楽しむ。播州地方の初夏の風物詩である。例年どおりなら、浴衣着用で姫路城などの入場料が無料といった特典もある。
同条例の制定当初は暴走族による暴走行為やそのあおりを規制することに主眼を置いた。暴走行為をしているものに対して、声援、拍手、手振り、身振り又は旗を振ることにより、その行為をあおることを禁止している。
ところが、条例施行後、ゆかたまつりの期間中の暴走行為はなくなり、これに代わって、徒歩暴走族が姫路駅北側に集合し、期待族とともに粗暴な言動を繰り返すようになった。このため、2008年に条例を改正して、禁止行為を定めた第9条に、特攻服を着用して複数で公共の場所で、催物の参加者や見物人、通行人に著しく迷惑を及ぼし、不安を覚えさせるような言動をとることを禁止する趣旨の第2項を追加した。同時に、違反者には市長が中止又は退去を命ずることができる条文を追加し、暴走行為助長等重点禁止区域で市長の命令に違反した者などから5万円以下の罰金をとることにした。
姫路市と姫路署は、ゆかたまつりの1週間ほど前に、条例運用マニュアルに基づいて合同訓練を実施している。訓練には、毎年両者から合わせて約60人が参加する。徒歩暴走族が会場にやってきて、その周囲ではやし立てる期待族もいるという想定で行う。特攻服に見立てた法被を着た徒歩暴走族役の警察官3人が大声を上げて進むと、市職員がメガホンで中止命令を3回出し、退去を求める。3人が従わない場合、市の総括責任者は、対象者や警告時間を記した連絡書を警察側に渡す。それを受けて、警察官が検挙するという手順である。
条例の改正や合同訓練なども功を奏し、2010年の祭りからは暴走族だけでなく、徒歩暴走族や期待族も姿を消した。実際に中止命令を出したことは過去に一度もなく、条例制定後は逮捕者も出ていない。こうした訓練の様子がテレビや新聞などで報道されることが抑止につながっていると関係者は見ている。
条例改正後、祭りは静けさを取り戻したものの、多いときは700店あった露店数は2015年には約200店に減った。最近は住民団体などの出店は増えているが、露店の出る道路の範囲は以前より狭くなっている。
姫路の合同訓練は通常の業務の一環として実施しており、同条例の運用に関連した予算はゼロである。本条例については、「条例の目的は達しているのだから廃止してよい」という意見と、「廃止して取締りの根拠がなくなるのはまずい」という意見がある。他の多くの条例同様この条例に効力を失う時期についての規定はないだけに悩ましい。
各自治体の条例の中には、制定のきっかけになった事象が変化したり、年月を経て陳腐化したりしたものも相当数あると思われる。条例の洗い直しも議会の大事な役割である。