2023.07.10 まちづくり・地域づくり
第5回 「音楽」を活用したまちづくりの成功要因②文化芸術を媒介として地域課題に楽しく取り組む「共奏」のまちづくりへのヒント
かわさきジャズ実行委員会/「音楽のまち・かわさき」推進協議会 、公益財団法人川崎市文化財団事業課担当係長 前田明子
前回、文化芸術はまちづくりの基点になり得るという観点から、音楽に関係したまちづくりの最近の事例を紹介した。文化芸術から生み出される価値を当事者と関心層の中に閉じ込めるのではなく、社会に開き、関連分野につながる多様な主体と連携・協働することで、地域の豊かな文化を醸成し、魅力あるまちづくりにつながっていく。
とりわけ筆者が音楽、特にパフォーマンスを伴う活動にこだわる理由は、その特徴として人をつなげ、集める機能があるからである。この特徴は、音楽フェスを思い浮かべていただければ分かりやすいと思う。例えば新潟県湯沢町の苗場スキー場で行われている「フジロックフェスティバル」は、有名アーティストが多数出演することから世界的知名度を誇り、国内外から会期中10万人もの人が訪れる。仙台市の「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」は、市民参加イベントでありながら70万人以上の動員を誇る。音楽イベントと現地観光を結びつける「ミュージックツーリズム」も、コロナ禍の収束が見えてきたこともあり今後ますます盛んになるであろう。
こうした大規模イベントや観光による交流人口拡大も一つの施策ではあるが、筆者の関心はむしろ音楽による人をつなげ、集める機能が、多様な人々の社会参画につながるような取組みにある。前回は地域における音楽活動の持続、新たなコミュニティづくりにフォーカスしたが、今回は「共生社会」への取組みをピックアップするとともに、地域の課題解決と文化芸術の連携を進めるためのアイデアをお伝えしたい。
音楽で「共生社会」を実現しようとする取組み
2023年5月31日、「孤独・孤立対策推進法」が参議院本会議で可決、成立し、2024年4月1日に施行されることとなった。孤独や孤立は「社会全体の課題」であるとし、誰にでも起こり得ることであり、当事者やその周辺が「社会及び他者との関わりを持つことにより孤独・孤立の状態から脱却して日常生活及び社会生活を円滑に営むことができるようになることを目標」とした支援が行われることがうたわれている(同法2条3号)。
つい先日、長年にわたって知的障害者の自立支援を行ってきた社会福祉法人の方に伺った話では、大人になって住むところと働くところは、時間はかかってもつくることができたが、その先の「楽しみ」や「自己表現」につながる取組みがなかなかできないことが課題だとおっしゃっていた。ただ生活が保障されていればいいというものではなく、コミュニティに参加しているという実感がなければ、再び引きこもってしまうことにつながるのだという。
人とつながる趣味や楽しみがいかに大切かと思わされたのは、コロナ禍であった。ほぼすべての音楽表現活動ができなかった2020年頃に、ある合唱団の関係者から聞いたのは、シニアの団員が相次いで亡くなっているという痛ましい話である。週に一度の練習で人と顔を合わせたりすることや、晴れ舞台としての本番のコンサートができなくなったことで生きがいを失ってしまった団員は多かったという。
こうした課題こそ、福祉領域と文化芸術の連携が必要である。マイノリティや社会的弱者支援というだけでなく、孤独・孤立は誰にでも起こり得ることであり、事業設計がインクルーシブであるということは、それだけ取り残す人を減らせるということにつながるのである。