2022.02.25 政策研究
第23回 区域性(その3)
東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授 金井利之
はじめに
自治体にとって区域は、技術的には重要な存在なのであるが、「地域における行政」の役割を果たすために「地域における事務」を処理するという点では、地域の方がより本質的である。自治にせよ、為政にせよ、あるいは行政にせよ、個々人、民衆や人間社会に対する作用が重要であり、無人の区域の支配それ自体は、本質的ではない。無人の土地や空間は、何らかの形で人間社会に影響があるからこそ、為政や自治の対象となる。その意味で、区域ではなく地域こそが、自治体にとって不可欠である。地域において、単なる空間や土地や区域ということだけにとどまらず、人間活動が密接に区域と紐(ひも)付けられているからである。
とはいえ、区域がなければ、人間社会や人間活動を紐付けることができない。したがって、区域がどのように人間活動を結合しているかが、つまり、地縁のあり方が、非常に重要になってくる。つまり、区域からどのように地域が形成されるかが、自治体にとっては重要である。
住所
人間・集団・法人・団体やそれらの活動などを、区域に紐付けるのが住所である。「地方自治物語」では住所に定義はない。民法上の定義を借用すると「生活の本拠」となる。もっとも、第1に、個人住民の場合には「生活の本拠」はまだイメージがしやすいものの、法人住民の場合には、「生活の本拠」とは想定しにくい。あえていえば、事業活動や法人活動の本拠という程度であろう。
第2に、民法における住所は、住所複数説が圧倒的多数説とされており、「地方自治物語」での住所単一説(通説)とは大きな齟齬(そご)がある。「地方自治物語」では住所単一説を採用し、住所複数説又は二重住民票を否定する。そのため、民法上の住所を借用することは、本当は適切ではない(1)。
第3に、一般に住民要件として、居住実態という客観的要件と、居住意思という主観的要件とがあるといわれる(2)。居住意思は、個人からの転入届や各種の連絡によって、確認することはできよう。しかし、居住実態要件は、自治体の規模が大きくなり、また、地域社会におけるムラ的な相互紐帯が希薄化した今日において、自治体が現実的に把握することは困難である。もちろん、ICT技術の進展により、携帯電話・発信器付き時計の装着など、GPS発信機能などを搭載することにより、警察犯罪捜査や野生動物テレメトリー調査のように(3)、個々人や人間活動の日々の存在地点を、自治体が追跡することは不可能ではないかもしれないが(4)、望ましいことでもない(5)。