2019.11.25 政策研究
住民のための議会の取扱説明書
東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授(都市行政学・自治体行政学) 金井利之
はじめに
ここ数回は、拙著「トリセツ」(『自治体議会の取扱説明書』第一法規、2019年)で論じたかったことのうち、二元代表制という用語を乗り越えること、行政職員を使いこなすべきこと、予算審議を尽くすこと、について触れた。前回の議論を繰り返せば、「立法機関」というスローガンのもとで、条例制定には過大な期待をしないこと、そして、予算に関する審議・決定こそが、議員・議会の本丸だということである。
議会の本質は、住民の代表として議論をすることである。公選職である議員は、住民の代わりに議論することで、代議制民主主義を担う。このことを住民から見れば、議員が住民の代わりに議論しているのか、を問うことになる。住民にとっての議会の取扱説明書とは、議会という装置が、住民に代わって議論を本当にするように、どのように操作するかという問題でもある。
取次屋としての議員
住民に代わって議員が議会で議論するようにするために、最も単純に考えられるのは、住民のロボットや「ご用聞き」として、住民に言われるままに、議員は議会で議論に臨むことである。住民は忙しいから、自分で言いに行くことは面倒である。そこで、住民は議員に頼んで、代わりに意見を取り次いでもらえばよい。このようなイメージは、理論的には「命令委任」といわれる。要するに、頼まれたことを忠実に成し遂げる使者である。
もっとも、議会は多数の議員の集まりであり、また、首長と議員との討議の場である。住民に頼まれたことをそのまま伝える「口利き」は、それ自体では簡単である。しかし、問題はその先であり、他の議員や首長・執行部から反論されたり、質問されたときに、当該議員はどのように答えるべきか、判然としない。住民から頼まれたことをそのまま代弁しても、二の矢・三の矢をどうするのかが、問題になる。
最も厳格に考えれば、反論を持ち帰ってきて、頼んできた住民本人にお伺いを立て、納得するか、さらに要望を続けるのか、本人である住民の指示を仰ぐしかない。このような「子どものお使い」状態になれば、手間がかかって仕方がない。実際、議員に「口利き」を頼んでも、そのまま実現しないと、議員は戻ってきて、住民に「口利き」の結果を伝えるかもしれない。しかし、これではラチが明かないだろう。
また、このような「子どものお使い」であるならば、議員による議論は議会ではできないことになる。各議員が言いっぱなしになる。議論とは、その場で異論・反論に直面したときに、納得するのか、反論するのか、別の説得をするのかなど、臨機応変に対応しなければならない。自分で判断しないと議論はできない。討議広場代表制とは議論するフォーラムであることに意味があると考えているから、単なる取次屋では困るのである。
もちろん、使者を立てるときに、相手からの反論などを予想して、さらなる作戦をあらかじめ考えておくことは可能である。こうなれば、いちいち住民のもとに「持ち帰り」をしなくてもよい。しかし、これも限界があり、将棋の読み筋のように、相手の出方を予測できれば、完璧に想定問答を組み立てておくことはできる。しかし、相手の応対が想定から外れれば、想定問答で処理するしかない使者には、対応は困難となる。