2017.11.10 政策研究
合い言葉は「Haloooooooo」
元日本経済新聞論説委員 井上繁
「はし」という言葉を「は」に力を入れて発音すれば「箸」となり、「し」に力を入れれば「橋」や「端」を意味する。ひらがなの表記では区別がつかないうえ、イントネーションによって意味がまったく異なるため、日本語を学習する外国人には頭の痛いことだろう。
意味が違うほどではないが、ドイツでは日本語の「こんにちは」に相当する言葉として「ハロー」と言い合う。この場合、「ハ」に力を入れる。ところが、「ロ」に力を入れ、「ハァロォォォォ」が飛び交う祭りにこの国で出くわした。
4年に一度行われる「ランツフートの結婚式」当日のひとこまである。人口7万人のランツフートはバイエルン州の中世の古都である。ミュンヘンの北東に位置し、車で70キロメートルほどの距離にある。
1475年にランツフート公爵の息子ゲオルクが、ポーランド国王の娘を妃として迎えた際の華やかな結婚式を再現する。当時、結婚式の日には、まち角に赤と白のワインの桶(おけ)が並び、派手な飲み食いの振る舞いが行われたとの伝承がある。ただ、今日まで再現してきたのは、結婚式そのものではなく、結婚を祝うパレードの花嫁行列や、記念の騎馬試合などである。
開催年に当たる2017年は、6月30日から7月23日にかけてこれが行われた。メインイベントは期間中の4回の日曜日午後に行われた花嫁行列である。取材した日は、朝から夏の強い日差しが照りつける中で、中世の職人や農民、町民、周辺国からの招待客などにふんした2,500人の市民が、その頃の衣装を身につけ、おのおの特徴ある小道具を携えて参加した。一行は、目抜き通りのアルトシュタットから、それと平行して通るノイシュタットにかけての2キロメートルを逆Uの字型に練り歩いた。
目抜き通りに設けられた観覧席には午前中から人々が集まり、昼前にはあちこちで弁当を広げていた。知人を見つけると、男女とも右手を指を開いて高く上げ、大声で「ハァロォォォォ」、「ハァロォォォォ」と声を掛け合い、再会を喜んでいる。ランツフート市によると、この日の観客は4万人だった。
花嫁行列の前には、通りのあちこちで思い思いのパフォーマンスが繰り広げられた。行列で着用する衣装をまとい、楽器を使って寸劇を演じている。マイクを用いていないため、「ハァロォォォォ」、「ハァロォォォォ」の掛け合いで出演者の声はかき消されがちである。それでも一通り終わると、出演者たちは帽子を脱いで観客に差し出し寄付を募った。出演者に子どもが混じっていると、小銭が投げられた。
2017年の花婿にはF. ハイガーさん(19)、花嫁にはS. ニームラーさん(20)が選ばれた。馬車に乗った2人は、観客にしきりに手を振った。
花嫁行列は、古くから日本の農村に伝わってきたそれとは違い、参加した市民は気取らず、それぞれの立場で楽しんでいる。行列が通ると、観客同士の「ハァロォォォォ」、「ハァロォォォォ」が、パレードの一行と観客との「ハァロォォォォ」、「ハァロォォォォ」に変わった。
帰りに、イザール川に架かる橋の先から乗ったランツフート駅行きの臨時シャトルバスの前部に表示された行き先も「Haloooooooo」で、oが8つも付いていた。
市公会堂の記念室には、当時のパレードの様子を描いた絵画が残っている。それを紹介する資料に描かれた絵画と、実際に目にした行列の雰囲気はかなり異なっているようにも感じた。
だが、それはどうでもよいことなのだろう。参加者は自分がふんした役になりきって精一杯演技しながら歩き、観客は大きな声で応援している。パレードの参加者、観客の誰もが、まちの歴史や、それを今日まで伝承し、再現してきたことに誇りを持っている様子を感じ取ることができたからである。この祭りは、4年ごとに市民が連帯を確認する場になっているようだ。