2025.07.10 医療・福祉
第8回 縦割り行政の解消で効率的な「地域づくり」を
貴重な人的資源活用のために縦割り行政の解消を
では、これら自治体の各セクションがうたう「地域づくり」とは、果たして同じものなのでしょうか。ウェブサイトに示される内容を読んでみると、どれも微妙に目的や主旨が異なっており、内容にズレがあるようです。「地域づくり」という言葉が抽象的であるがゆえに、便利で、つい多くの自治体セクションも使ってしまうのではないかと想像します。
一方で、これを一住民目線で見たとき、同じ「地域づくり」であるはずのものが、実はセクションによって内容が異なるため混乱のもとになるのではないかと思います。
しかし、だからといって、これら各セクションで異なる「地域づくり」が全く別のものかというと、それにも私は疑問を抱いています。
というのも、私が地域づくり関連の仕事で出会う地域のボランティアには、「若い頃はPTA活動をしていた」という方が多いのです。
子育て期には、子どもや学校を通じてPTAという立場から行事やお祭りに協力し、地域づくりに参加していた方が、子育てが終わった後、自らの介護経験などをもとに高齢者分野のサロン立ち上げや高齢者向けボランティアなどになる方が少なくないのです。
さらにいえば、こうした地域福祉の担い手については、「住民が実際には一部の人に限られており、いろいろな組織で同じ人物が活躍しているという『金太郎飴』現象」(1)があるという指摘もあります。これも大いに共感する話で、地域での活動に積極的なAさんを、あっちの地域活動で見たかと思えば、別の日には、こっちの地域活動で見かけたりすることは「あるある体験」です。
つまり、見方を変えれば、自治体は様々なセクションが「地域づくり」という名の異なる事業を行っていますが、その中心を担う地域住民は重複している場合が少なくないのです。
そして、その背景には、端的に「行政組織の縦割り」問題があると考えます。
なぜなら、一人の住民目線や家庭という単位で見たとき、子育てや、それを取り巻く町会や地域、そこでの環境問題や家庭内の介護問題などは、すべてつながっているからです。しかし、行政は、それらをマスで扱うために、それぞれ分断された問題として扱い、関連性を考慮しません。
その結果として、現在では、同じような事業に、同じような地域住民の代表などが登場して、同じような会議や資料を作成し、同じような時間を割いているのではないでしょうか。
民生委員・児童委員なども、地域の高齢者問題から児童問題まで、様々な役割を負わされていたりしますが、担い手不足の問題が顕在化しています。役割や負担の大きさに比例して、担い手不足の問題も大きくなっているのではないかと思います。そして、人口減少社会において、地域の貴重な人的資源が有効に機能するよう、少しでも無駄や非効率なものを排除していくべきではないでしょうか。
例えば、先に、中野区のホームページを例に、それぞれのセクションで、それぞれの「地域づくり」関連事業が行われていることを確認しました。しかし、行政組織は縦割りのため、同じような事業や同じような地域住民と関わる内容であるにもかかわらず、横の連携や情報共有がなされていなかったりします(「個人情報保護」などが持ち出される場合も)。
今後、拍車がかかる人口減少社会において、ボランタリーな地域住民という貴重な存在の時間を無駄にしかねない事態ではないかと危惧します。
参考までにいえば、介護や保育の有資格者も今後、減少していくわけですが、この問題について、かつて厚生労働省内で(フィンランドの「ラヒホイタヤ」(2)に倣い)資格の統合化が検討されたことがありました。結果的に、その案は実現には至っていませんが、自治体の縦割りされたセクションこそ、今後、統合化や見直しが必要ではないかと考えます。
(1) 地域包括ケア推進モデル事業検討委員会『連携が生み出す地域包括ケア』東京都社会福祉協議会(2009年)94頁(https://www.tcsw.tvac.or.jp/bukai/kusichoson/report/chiiki-houkokusyo/documents/zenbun_houkatsucare.pdf)。
(2) 介護職員の処遇改善等に関する懇談会議事録(2012年5月11日)(https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002d3zw.html)。