2024.04.25
第12回 火事を出したら損害賠償責任があるか
弁護士 千葉貴仁
火事を出したら損害賠償責任があるか。
失火をした場合、賠償責任があるかどうかは、「民法」と「失火ノ責任ニ関スル法律」(以下「失火責任法」という)の両面から考えなければならない。
1 民法上の責任
民法では賠償責任について、次のとおり規定している。
(不法行為による損害賠償)
第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
故意とは、ある行為から一定の結果が生ずることを認識しながらあえてその行為をした場合で、放火などがこれに当たる。
過失には、軽過失と重過失がある。軽過失はごく軽い程度の注意を欠いたものであり、重過失とは、当然なすべきことを要求される注意(善良なる管理者の注意)を著しく欠いたことをいう。
民法上だけを見ると、軽過失・重過失を問わないので、軽過失であっても、他人の権利を侵害した場合は賠償責任がある。
2 失火責任法上の責任
しかし、日本においては木造住宅がまだ多く、隣家に延焼する可能性があるため、延焼した場合に、失火者に、これによって生じた損害の全責任を負わせることは酷である。そのため、失火責任法では、次のとおり規定し、失火者の賠償責任を制限している。
民法第709条ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス
すなわち、失火責任法では民法709条の適用を除外し、失火者に重過失があった場合にのみ賠償責任を負わせることとしており、軽過失によって失火し、隣家に延焼しても、法律上の賠償責任はない。
そうすると、失火者のどこまでが軽過失で、どこからが重過失なのか、という点が重要になる。実際に、過去の裁判例で重過失があったと認定されたものとしては、寝タバコの危険性を十分に認識しながら、何らの対策をとらずに漫然と喫煙を続け、眠ってしまい出火した事例、主婦が台所のガスコンロにてんぷら油の入った鍋をかけ、中火程度にして台所を離れたため、過熱されたてんぷら油に引火し火災が発生した事例等、実質的に故意に近い落ち度があったケースである。
3 賠償責任のある場合
(1)借家人の責任
しかし、借家人が借家を焼失した場合、家主(賃貸人)に対する責任は、別に考える必要がある。すなわち、上記のとおり、失火者(借家人)は、軽過失で失火しても、失火責任法により、類焼した隣家の所有者に対しては不法行為責任を負わないが、家主に対しては責任がある。これは民法(令和2年4月1日改正)の次の規定によるものである。
(特定物の引渡しの場合の注意義務)
第400条 債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。
つまり、借家人は善良なる管理者の注意義務で保存し、借家を賃貸人に返還しなければならないが、(軽過失であろうが)過失によって焼失した場合は借家を賃貸人に返還できないので、債務不履行責任がある。したがって、軽過失によって失火した場合であっても、家主に対しては損害賠償をしなければならない。
(2)使用者責任
被用者(使われている者=従業員等)が不法行為によって第三者に損害を与えたときは、使用者が損害賠償をしなければならない(民法715条)。したがって、被用者の故意又は重過失によって失火を発生させ、これにより隣家の所有者等の第三者に損害を与えたときは、使用者が、被害者に対して賠償責任を負うことになる(ただし、使用者が被用者の選任及び監督について相当の注意をした場合は責任を免かれる)。
(使用者等の責任)
第715条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
4 火災保険による備え
上記のとおり、火災を起こしてしまい隣家に延焼した場合、たとえ過失があっても軽過失であれば、延焼した家に対して損害賠償責任を負うことはない。とはいえ、燃えた後の残存物の片づけ費用は必要になり、また、隣家に見舞金を支払うことも心理的には必要になることもある。このように失火責任法では賠償責任がない損害についても、実際上は、支払の必要が出てくることもあるため、万全な対応のためには、火災保険に加入して備える必要がある。