議長選挙も公職選挙法が準用される

　ちょうど、皆さんの議会でも、議長、副議長選出のための臨時議会が開催され、新しい議長や副議長が選出されたのではないでしょうか？ 特に会派に所属しない議員の場合は、「いったい誰に投票したらいいのか」、大いに迷ったことでしょう。
　いわゆる保守系会派が分裂するなどして勢力が拮抗（きっこう）し、人事をめぐって調整がついていない議会の場合は、１人会派の１票は価値を持ちますので、何らかの働きかけ、例えば「うちの会派の議長候補に投票してくれたら、議会外の○○協議会の委員に代表者会議で推薦するよ」などと、どちらかといえば軽量級で、特に権限もないけれど日当は支払われるポストなどを提示されることがあったかもしれません。一方で、大会派ががっちり固めている議会であれば、１票の価値は限りなく軽いので、ほとんど相手にされずに議長選を迎えたことでしょう。
　我が市議会でも、先日、改選後の新議長がめでたく選出されました。今回の議長は党派に所属しない３人の会派に所属する議員です。議長は、最終的には議員の投票で選出されますが、それまでには代表者会議でのやりとりや駆け引きなど、一定の調整が行われたことは想像に難くありません。あまり知られていないようですが、議長、副議長の選出手続は、公職選挙法の一部が準用されます。議長、副議長も公職だからです。ということは、公職選挙法に基づいて議長、副議長選挙が行われるということです。そのため、議長選挙への投票依頼に当たって、現金を手渡すことはもとより、食事をごちそうすることも、野球のチケットを配ることも、公職選挙法の買収罪に該当します。投票してくれたら先ほどの○○協議会の委員などのように議会の人事権の及ぶポストにつけることを約束するなども、厳密にいえば買収罪に該当する可能性があります。
　投票と引き換えにポストを約束することは、ありがちな話と理解していますが、念書にでも残さない限り物証もないので、実際に立件されることはなさそうです。
　仮に念書をとって、依頼された議長候補に投票しながら、約束されたポストにつけなかったからといって、そのことを暴露したところで、そもそも買収に応じた議員も買収罪に該当するので、その場合は泣き寝入りするしかないでしょう。手だれの議員が相手であれば、「暴露してもいいけれど、あなたも返り血を浴びますよ。次は何とかするから」といわれて不承不承矛を収めるしかないでしょう。

選挙なのに、議長選挙には候補者演説も公約の提案もない

　一方で、選挙といいながら、議長選挙は立候補制ではなく、議員全員が形式的には候補者、つまり投票の対象になります。ですから、全く情報が入ってこない、特に少数会派の場合、いったい誰に投票すればいいか悩みます。その会派が議長選を左右する存在でない場合はなおさらです。
　最近では、いったん休憩をとって、その際に議長候補者と目される議員が、議長としての方針を表明する議会も増えてきているようです。我が市議会の場合は、改革に熱心でなさそうな議長候補には、「こういうことを実行します」と一筆書いていただく、というようなこともやっていました。
　ところで、議長選挙に当たって、どんなやりとりが代表者会議で行われているか、ご存じですか？ 私も、何度も議長選出に関わる代表者会議に参加してきましたし、実際に自分が当事者になったこともあります。風通しのよい会派にいたので、代表が会議の内容を包み隠さず話してくれたため、代表者会議でどんなやりとりがなされていたのかはだいたい理解しています。これといって決まったやり方があるわけではないのですが、「習わし」として、各会派から議長候補の名前を挙げていきます。もしここで、候補が１人の場合は、ほぼ確定し、副議長以下の人事に話し合いは移行します。一方、ここで、議長候補が２人以上提案されると、調整は長引きます。私が代表として経験した事例でいえば、土日を除く１週間毎日、代表者会議を開催します。その間に、議長以外のポストの交渉も含めて話し合いが進みます。会議以外でも、他会派の代表と電話でやりとりするなど、様々な会派の思惑がぶつかり合い、すっかり疲れ果ててしまいます。私も、ある議員を議長にするために、自分が得られる予定のポスト（農業委員）を投げ出さざるを得ませんでした。結局、その議員には、後で１人会派に追い込まれそうになるなど、こっぴどく裏切られることになるのですが。
　一応話し合いがまとまって議長選当日を迎えますが、思惑どおりに票が集まることはめったにありませんでした。会派の方針は分かるが、どうしても個人的に議長候補を支持できない場合など、白票を投じたり、候補に挙がっていない議員の名前を書くこともあるようです。会派によってはそうした逸脱行為を防ぐために、お互いに書いた内容を見せ合うこともありますし、あるいは、裏切りそうな議員の手元を、目を凝らして観察して、誰の名前を書いたか邪推することもあります。また、ある友人は、議員１期生であったにもかかわらず「次は君が議長だから」とおだてられてその気になったら、実際には、投票したのは自分だけだったということもありました。その友人から私に「次は議長になれそうです」という連絡があったので、「多分それはからかわれているんだよ」と忠告したのですが、やはりそのとおりでした。

どうしても候補が決まらないなら無記名もあり

　では、新人議員はどういう投票行動をとればいいのか。会派の指示があれば、自由投票ということはまずないので、指示どおりに書くことになります。一方、１人会派や少数会派であれば、まずは、自分の名前を書くというのもありです。しかし、せっかくの１票ですから、例えば、情報を集めて、当選はしそうにないが、有力な対抗馬の候補に投票することで、当選する議長に対して、けん制するという方法も一考です。
　先ほどの友人の例でもそうですが、もし自分の名前を書いて１票しか得られないとなると、議会の中での泡沫（ほうまつ）感が漂いますし、議事録を通じて市民にも伝わり、一歩間違えると「笑いもの」になってしまうリスクも生じます。逆に、議長になりたがっている議員の名前をわざと書いて、「あいつ、そんなに議長になりたいんだ」と「笑いもの」にするといったこともあるようです。
　もちろん、議長候補を出している会派と人事をめぐって何らかの取引をこちらから働きかけるという選択もありです。議長候補としても、できればより多くの票を得たいでしょうから。しかし、それは相当の技量が必要になります。よく分からないうちは、無記名で対応し、議会の人間模様や権力構造が分かってきたら、何らかの勝負、つまり一番強そうな議員の鼻柱をたたく作戦に出るというのがいいかもしれません。
　次回は、先ほど述べたように、実際に私が勝負に出た際の経験をお伝えしたいと思います。

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◆書籍情報
『自治体議員が知っておくべき政策財務の基礎知識―予算・決算・監査を政策サイクルでとらえて財政にコミットできる議員になる―』（2021/3/11発売開始）

江藤俊昭　新川達郎　編著（定価3,300円 (本体：3,000円)）

　自治体議員が地方財政に主体的に関与・改善したいと考えたときに、本書を読むことで、政策財務の考え方、特に予算・決算・監査に関する基礎的知識や方法論を紹介。先進的な議会の予算決算に関する取り組みや予算案修正の際の考え方や手続き、具体的な修正の手法を知ることができる。