2021.09.10 コンプライアンス
第27回 兼職・兼業の落とし穴(後編)
解説2 設問の検討
それでは、以上を踏まえて今回の設問を改めて見てみましょう。
Q1について
設問の事例はAさんの氏名が表示され、かつAさんが役員をしている株式会社A酒販店による選挙区内にある者に対する賞品の授与であり、寄附を禁止する法199条の3及び199条の4が問題となりえます。
この点、今回は商店街の夏祭りでのことであり、Aさんの選挙に関しての寄附ではないことから、法199条の4の「当該選挙に関し」に当たらないため問題となりません。
また、株式会社A酒販店は「酒蔵X」として賞品を提供し目録を授与していますので、これだけでは直ちにAさんの氏名を表示し又は氏名が類推される方法による寄附(法199条の3)をしたとも言い難いと考えられます。法199条の3に抵触すると考えられる場合としては、賞品の目録に株式会社A酒販店の名称や代表者としてAさんの氏名を記載するとか、「酒蔵X」と株式会社A酒販店との同一性が広く一般に知れ渡っており、容易にAさんの名前がイメージされるような場合が挙げられます。
Q2について
設問の事例では、Aさんの氏名が表示ないし類推される名称の法人が、Aさんの氏名を表示した状態で酒という物品を選挙区内の神社に奉納(寄附)しています。まさに法199条の3の想定する場面であり、許されません。
Q3について
前提として、そもそもAさんがY商店街振興組合の理事長になれるかの問題があります。これは、前回解説した法104条の問題です。
商店街振興組合は商店街振興組合法に基づき設立される民間の法人です(同法2条1項)。そのため、同法人の理事長につき地方自治体の議員との兼職の禁止はありません。
他方、理事長は振興組合の役員かつその代表であり(同法44条、51条の7)、会社における取締役と同等の権限や責任を有していますので、地方自治法92条の2の「準ずべき者」となります。したがって、振興組合がX市との間で「主として同一の行為」(地方自治法92条の2)をしていれば、法104条により直ちに理事長を辞さなければなりません。
Aさんが上記に抵触せず理事長を兼業できる場合、Y商店街振興組合はAさんが理事長として役員を務めているため法199条の3の適用を受けます。そのため、Aさんの氏名や氏名が類推されるような方法での寄附が禁止されます。
Y商店街振興組合が組合員に対して記念のタオルを配布することは、対価なく行われる寄附に当たりますが、設問のように組合名のみを記載したタオルであれば、Aさんの氏名や氏名が類推される方法での寄附とはいえないため抵触しないものと考えられます。これに対し、理事長名を併記した場合は氏名を表示しての寄附であり、認められないことになります。
Q4について
(選挙ポスターについて)市議会議員選挙における選挙ポスターの掲示は、条例で義務制に準ずる任意制ポスター掲示場が設置されている場合(法144条の2第8項)、指定された掲示場以外では掲示できません(法143条4項)ので、酒蔵Xの店舗に掲示することはできません。それ以外の場合は、法144条1項各号で定められたポスターの総数内であれば掲示場以外での掲示もできるため、酒蔵Xの店舗での掲示も認められます。
(選挙運動用ビラについて)選挙運動用ビラについては頒布できる場所が法定されており(法142条6項、公職選挙法施行令109条の6第3号)、選挙事務所ではない酒蔵Xの店舗にて頒布することは認められません。なお、配布せずに誰でも持ち帰ることができるように置いておくことも「頒布」となります。
Q5について
株式会社A酒販店の行った行為は、Aさんの当選を得させるため、選挙運動員になろうとする従業員に、本来発生しないはずの休暇中の給与を支給するというものであり、選挙運動員に対する金銭供与の約束、すなわち運動買収に当たります(法221条1項1号)。
この場合に処罰されるのは、法人である株式会社A酒販店ではなく、その方針を決定し指示ないし約束をした個人になります。
Q6について
法146条は、選挙運動に関する文書図画の掲示制限を免れる目的での掲示・頒布を規制しています。酒蔵Xの駐車場案内看板にはAさんの氏名が表示されていることから、本条の適用が問題となりえます。
この点、設問の看板は株式会社A酒販店(酒蔵X)の業務のため選挙運動期間以前より掲げられており、文書図画の掲示制限を免れる目的はないと考えられますので、法146条1項に違反するものではないと考えられます。
しかし、業務上の必要性があるとの名目で、殊更にAさんの氏名を目立たせるような看板を設置したり、選挙運動期間直前に設置するとか、必要以上に多数の看板を設置するなど、時期や態様によっては上記掲示制限を免れる目的があると認定される場合もあります。
Q7について 株式会社A酒販店が管理する事務所を選挙事務所としてAさんに無償で使用させることは、使用貸借(民法593条)に当たります。これによりAさんは利用の対価の支払を免れているため、利用料相当額につき株式会社A酒販店から寄附を受けたことになります。
そして、株式会社A酒販店は会社であり、会社は政治資金規正法21条により公職者等の政治活動に関する寄附が禁じられています。したがって、設問の行為は政治資金規正法21条に反する寄附となります。
なお、株式会社A酒販店が法人ではなくAさんの個人事業であった場合は、Aさん自身の管理する場所を自ら使用しただけであり、寄附とはなりません。
まとめ
公職者等の兼職・兼業先ではいろいろな事情から当該公職者等の当選を期待し、そのための協力をすることがあると思われます。
兼職・兼業先が公職者等を応援し協力することは自由ですが、だからといって何でもできるわけではなく、コンプライアンスを意識して行わなければなりません。また、法人・団体に属する個人の信条も尊重すべきであり、間違っても買収等の選挙犯罪とならぬように気をつけましょう。
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次回は、前回の記事の最後でもお伝えしたとおり、読者の皆様からの質問にお答えしてみたいと思います。日頃の活動の中で疑問に思うことについて、公選法の趣旨から回答を考えてみましょう。質問をお待ちしております。