2021.02.25 政務活動費
第17回 議員の責任
他方、不正が続出している政務活動費をめぐっては、架空支出や虚偽支出など悪質な場合、詐欺罪などで起訴され、有罪となるケースも相次いでいる。
特に、マス・メディアにも大きく取り上げられ、全国的な話題ともなったのが、日帰り出張を繰り返したなどと偽り、政務活動費913万円余をだまし取ったとして、詐欺と虚偽有印公文書作成・同行使の罪に問われ、2016年7月に執行猶予付きの有罪判決を受けた兵庫県議であるが(11)、その後も、元神戸市議、元広島市議、元富山県議、元富山市議、元高岡市議などが詐欺罪等で有罪判決を受けている。とりわけ、富山県では、2016年夏以降、県議会と富山市議会と高岡市議会で政務活動費の領収書の偽造等による水増しや架空の不正請求が相次いで発覚し、富山市議会では半年余りで14人の議員が辞職する事態に至り、そのうちの3人と市議を続ける元議長が詐欺や虚偽有印公文書作成・同行使の疑いで書類送検・在宅起訴され、3人については執行猶予付きの有罪判決が確定した。
有罪判決を下した富山地判令和元年9月17日D1-Law.com判例体系 判例ID28273985は、被害金額はいずれも多額(521万円余・468万円余・510万円余)で、犯行態様は実在する会社名義の内容虚偽の領収書を準備するなどの方法による周到かつ巧妙なものであり、身勝手な動機により不正に返還を免れさせたものであり酌量すべき点はない、うち2人は犯行の発覚を防ぐため内容虚偽の領収書の作成に利用していた印刷会社に接触して偽装工作を行っており犯行後の情状も悪いなどと断罪する一方、被害額を市に返還し市議会議員を辞職しているなどとして執行猶予を付したものだ。
富山市議による政務活動費の不正問題については、これを追及した富山の民間放送局・チューリップテレビのドキュメンタリー映画「はりぼて」が、議員の悲喜劇ともいえるような姿を映し出し、話題を呼ぶことにもなった。
このほか、近年はそのようなケースはめっきり少なくなったものの、議会内での暴力行為等による議事等の妨害が、公務執行妨害や業務妨害の罪に問われることもある。
議長が可決されたものとした緊急動議に基づき全上程議案の一括採決を議場に諮ろうとしたのに対し、一部の議員が議長席に殺到しもみ合いとなる中、議長に発言の中止を迫り、議長の机やマイクの使用を困難とし、議長に対し暴行を加えたこと、控室内にいる議員を閉じ込め議場に入ることを阻止しようと立ち塞がるなどし、さらに控室の出入口扉に数分間施錠するなどして監禁した事案について、注(1)で示した佐賀県議会議員免責特権事件最高裁判決は、議長が議員から提出された動議に基づき全上程議案の一括採決を諮ろうとした措置が仮に会議規則に違反する等法令上の適法要件を完全には満たしていなかったとしても、刑法95条1項にいう公務員の職務の執行に当たるとみるのが相当であるなどとして、公務執行妨害・職務強要・監禁の罪の成立を認めた。なお、同判決は、「地方議会の議事進行に関連して議員が犯した刑事犯罪について、単に地方議会の自治・自律の原則を根拠として、議会又は議長の告訴告発を訴訟条件と解すべきであるとか、司法権の介入を許さないという主張は、肯認することができない」ともしている。
また、議員によるものではないが、最決平成元年3月10日刑集43巻3号188頁は、県議会の特別委員会の委員長が、委員会の休憩を宣言した後委員会室から退去しようとした際に、委員会室の室内、室外の廊下、これに続く階段ロビー等において加えられた暴行について、職務を執行するに当たり加えられたものであるとして、公務執行妨害罪の成立を認めている。
以上、議員活動における行為について刑事責任を問われるケースを見てきたが、議員が刑事事件で起訴された場合には議会や住民の批判を受け辞職を迫られたり(12)、有罪判決を受けても踏みとどまろうとすれば問責制度で説明を求められたり、議会から辞職勧告決議を受けたりするなど、その政治的責任が問われることにもなり、最終的に、有罪が確定し公職選挙法等で定める刑に処せられることになれば自動的に議席を失うことになる。
(1) 自治体議会の自律権と議員の免責特権の有無について、佐賀県議会議員免責特権事件・最大判昭和42年5月24日刑集21巻4号505頁は、「国権の最高機関たる国会について、広範な議院自律権を認め、ことに、議員の発言について、憲法五一条に、いわゆる免責特権を与えているからといって、その理をそのまま直ちに地方議会にあてはめ、地方議会についても、国会と同様の議会自治・議会自律の原則を認め、さらに、地方議会議員の発言についても、いわゆる免責特権を憲法上保障しているものと解すべき根拠はない」と判示。その上で、「地方議会についても、法律の定めるところにより、その機能を適切に果たさせるため、ある程度に自治・自律の権能が認められてはいるが、その自治・自律の権能が認められている範囲内の行為についても、原則的に、裁判所の司法審査権の介入が許されるべき」とした。
(2) 現在の4号訴訟は、自治体の執行機関や職員に対し、職員又は職員の行為・怠る事実の相手方に損害賠償・不当利得返還を請求することを求める形となっており、議員の場合、「職員」には該当しないため、長などに対し、議員に請求することを求める訴訟となり、当該議員は補助参加人として訴訟に加わることになる。
(3) 最判昭和30年4月19日民集9巻5号534頁、最判昭和53年10月20日民集32巻7号1367頁参照。
(4) 最判昭和31年11月30日民集10巻11号1502頁参照。
(5) 最判平成5年3月11日民集47巻4号2863頁、非嫡出子の住民票続柄記載取消請求損害賠償請求事件・最判平成11年1月21日判時1675号48頁参照。なお、違法性につき職務行為基準説に立つ場合には、違法性と過失の認定が実質的に重複し、一元化されることになる。
(6) 免責特権が認められている国会議員と認められていない自治体議会議員との間で「特別の事情」があるとして違法とされる行為の範囲について相違があるのかどうかは、被害者の救済などの問題も絡み、今後の裁判所の判断の集積を待つことになる。
(7) 第一審の函館地判平成28年8月30日判時2331号12頁が、懲罰動議の内容は名誉毀損に当たり動議提出議員らはその付与された権限に明らかに背いて動議提出行為を行ったといえるとして損害賠償請求を一部認容したのに対し、控訴審である札幌高裁は、動議理由で虚偽の事実を摘示したことは過失によるもので、動議提出議員らが虚偽であることを知りながらあえてその事実を摘示したものということはできず、その他、動議理由についてその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があったとは認められないとして、請求を棄却した(最決平成29年10月10日により確定)。
(8) 地方自治法100条12項が協議・調整の場を会議規則で設けることができるとし、これを受けて全員協議会等が会議規則で位置付けられたり、議会報告会が議会基本条例で規定されたりしているが、それが国家賠償法上の「職務行為」への該当性の判断にどう影響するかは明確とは言い難いように思われる。
(9) なお、議会での発言をホームページやブログなどにそのまま掲載した場合には、少なくとも会議録等が公開されている限り、それについて議員個人が民事責任を問われることはないといえそうである。
(10) 最判昭和41年6月23日民集20巻5号1118頁は、民法上の不法行為としての名誉毀損についても、刑法230条の2の規定の法理が妥当すると判示するとともに、真実性の証明の要件を緩和した。
(11) 神戸地判平成28年7月6日裁判所ウェブサイトは、被告人は、信頼に基づき、その責務を果たすために多額の政務調査費・政務活動費を交付されていたのに、金銭欲から県民に選ばれた県議会議員としての信頼を裏切って犯行に及んでいることからすると、本件犯行は県民に対する高い背信性を有するものであり、また、3年度分にわたり同様の犯行に及んでいる上、膨大な数の架空支出や虚偽支出を計上するとともに、改ざんしたレシート等を添付資料に使用したり、県議会事務局職員から使途を具体的に明らかにするよう指摘を受けた後も、出張先を県外から県内に変えて架空出張費用の計上を続けたりしており、犯行態様は悪質といわざるをえず、虚偽報告によって返還を免れた政務調査費等の総額は多額である上、県議会議員や政務調査費等の制度に対する一般の信頼を損ねたことをも考え併せると、被告人の刑事責任は重いといえるが、本件犯行による財産的被害は全部回復されたものと認められ、また、少なくとも返納時には一定の反省の態度が見られ、さらに、県議会議員の辞職後もマスコミに大きく取り上げられる状況が継続したことによって既に一定の社会的制裁を受けているといった事情を勘案し、刑の執行を猶予するとした。
(12) このほか、議員が逮捕・拘留等の身体の拘束を受けた場合に議員報酬や期末手当の減額ないし停止をすることを条例で定める自治体も見受けられる。
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