2019.12.10 条例
自治体議会のための条例立法の基礎(3・完)
(3)条例は公益を決定するもの
社会公共の課題解決とは、詰まるところは住民の間に渦巻く諸利益の対立を調整することである。その利害調整の合致点としての「公益」を見いだして決定することが「立法」である。このことを、規制条例の場合と給付条例の場合とで考えてみる。
ア 規制条例の場合
図5は、高層マンションの建設に伴う周辺住民との紛争を例にして、立法の意味を考えるために作成したものである。
紛争解決のための条例を含めた行政法の立法がなされていない状況では、マンション業者と周辺住民との争いは、私益対私益の「私的紛争」であって、その解決は、法の世界では私法のルールにのっとり、当事者の訴訟提起を待って司法権(裁判所)によって図られるほかない。
ところが、こうした紛争が社会問題化し、社会公共の課題になると、国民や住民から信託を受けている立法府は、その責任として行政法(条例を含む)を立法し、高層マンション建設を規制するための許可制など行政のチェックの制度を創設することとなる。こうした許可制は、「どれだけの高さのものならば建設してもいいよ」などといった許可の「要件」を決定するところに意義があり、その決定された要件にこそ、マンション業者と周辺住民との利害調整の合致点としての「公益」の意味がある。条例を立法する意味もここにあり、このようにして公益をまとめ上げるのは、多様な利益を代表する議員からなる議会でしかなしえないことである。
なお、条例(行政法)が立法されることによって、行政府は、マンション業者からの申請に対し、許可をしなければその業者との間で条例(行政法)の適用をめぐって紛争が起こり、許可をすれば周辺住民との間で同様に紛争が起こるという関係に立つことになる。私的紛争であったものが、行政府が業者と周辺住民との板挟みになるような形で当事者となる「行政紛争」に転化するのである。
イ 給付条例の場合
給付行政の場合、紛争が起きるのは受給者と行政府との間であることから、利害関係は、この二面関係に矮小(わいしょう)化されやすい。しかし、「どんな人にどれだけの給付サービスを行うのか」という給付の要件は、「その財源を誰がどれだけ負担するのか」という問題と切り離すことができないものである。ここには、税負担のことを含めた住民全体の利害調整の問題があり、この問題に結論を出すことができるのは、住民全体の合意の意味合いのある議会立法しかないのである。その立法過程において決定された給付「要件」が、全体最適としての「公益」の意味を有することになる。
このように考えれば、規制行政の場合よりも、むしろ給付行政の場合にこそ条例(行政法)の立法が求められる。ところが、自治体行政では、侵害留保説が定説となっており、給付行政は、条例ではなく、行政内規にすぎない要綱で定めることが多くなっている。このことは改められなければならない。
公の施設は、福祉、教育、医療、道路・上下水道のインフラ整備などあらゆる分野において、住民生活をその隅々にまでわたって、まさに揺りかごから墓場まで支えるものであり、その設置管理は、自治体の給付行政の中でも大きなウェイトを占めている。その設置管理は、地方自治法244条の2第1項により条例で定めなければならないとされているが、「どんな人がどれだけの使用料の負担で利用することができるのか」という利用の「要件」を決定することが重要である。この決定は、建設費や設置後の管理費に係る税負担のことを視野に入れた上での設置の是非を含めた、住民全体の利害調整を行うことであり、多様な利益を代表する議会でなければなしえないことである。ここにも「公益」決定の意味がある。