2019.10.25 議員提案条例
第1回 議員提案条例は新たなステージへ
4 乾杯条例の衝撃
議員提案条例のノウハウ等の伝播ということに着目すると、いわゆる「乾杯条例」は、明確な立法事実の有無、条例事項としての妥当性などの点で課題も指摘されてはいるが、議員提案条例の「お試し」として影響は大きかったと考える。
「乾杯条例」は、全国的な「日本酒離れ」が進む中で、地元産品の代表である地酒の振興を図るため、京都市議会において議員提案で制定された「京都市清酒の普及の促進に関する条例」が2013年1月15日に施行されたのが最初とされる(3)。この条例自体は、「目的」、「市の役割」、「事業者の役割」、「市民の協力」の4条からなるものであり、それぞれの主体に清酒の普及に関する取組みの努力義務と協力を求めるというシンプルなものである。
その後、この「乾杯条例」は様々なバリエーションの変化形を生んでいった。すなわち、適用対象については、地元産の日本酒のほかにワインや牛乳、お茶などの食品等を包含するものなど対象範囲も広がり、規定内容については、自治体が関わる懇親会等の際の地酒等での乾杯の努力義務を規定するものなど、その地域の実情に合った内容を含みながら、全国各地に伝播していった。その結果、2017年7月末現在140自治体で制定されているとされる(4)。京都市議会で初めて制定されてから5年程度で、全国の自治体の1割弱の自治体で制定されたことになる。条例の提案主体をみると、このうち約8割が議員提案又は委員会提案で議会側からの提案ということである(5)。
このように、「乾杯条例」には種々の課題はあるが、全国に伝播したのは事実であり、その背景には次のような要因が作用したものと考える。
(1)食品を中心とした地域産業の振興について共通の関心が高いこと
醸造などを含む食品を中心にした地域産業の振興は、どの地域でも共通の課題になっていることが多く、政治的な立場を超えて、議員の問題意識も高い。また、特定分野の産業振興を目的とした条例化は、執行部では庁内外の調整が難しく、なかなか立案が困難な面があるが、議員提案の場合は、調整がつきやすかったと思われる。
(2)内容がシンプルで住民に分かりやすく、地域の状況に応じてカスタマイズしやすいこと
「乾杯条例」は、内容的に、一般人に分かりやすく、規定もシンプルであり、地域実情に応じたカスタマイズが容易である。また、運用に当たり、難しい法的な手続や法解釈を伴うものでもなく、運用コストもほとんど不要であるという特徴がある。このため、単純な模倣ばかりではなく、変化形も数多く制定されるなど、議員にとっては、政策的な工夫として地域住民に一定の独自性もアピールできる点で、議員提案として受け入れられたとも考えられる。
(3)権利義務規定がなく、運用も単純で立法技術的に簡単なこと
「乾杯条例」は、条例の類型としては、奨励的・理念的なものであり、住民の権利義務に直接関わる規制的な規定を含むものではない。通常の規制条例や罰則を伴う条例のように、関係部局の現場との調整や検察庁・警察等との協議は不要である。
また、「乾杯」行為の実効性担保も求められていないことから、命令等の必要もなく、立法技術的にも難しい点が少ないことも要因である。
以上のような要因を背景に、「乾杯条例」が全国に伝播したものと考えられる。他自治体例のベンチマーキング+カスタマイズという点で、「乾杯条例」は、同様に全国的に制定例が多い「議会基本条例」とともに、議員提案条例の横展開に大きく貢献したものと考える。