2019.04.10 選挙
公務員の地位利用による選挙運動と戸別訪問/実務演習〈地方行政〉
窪西駿介 拉致問題対策本部事務局総務・拉致被害者等支援室
A県の副知事甲は、次期県知事選挙に立候補予定である現職の知事乙の推薦葉書の宛名書きや推薦人としての加名を依頼するために、次のような行為をすることができるか。
① A県から補助金を受けている法人を訪問し、当該法人の代表者丙に依頼すること。
② 有権者の自宅を戸別訪問し、推薦葉書を配付・回収すること。
1 はじめに
本問では、国若しくは地方公共団体の公務員又は行政執行法人若しくは特定地方独立行政法人の役職員等(以下「公務員等」という)が行う選挙運動等について、公職選挙法(昭和25年法律100号。以下「法」という)違反の疑義が生じ得る事例を考察する。
なお、文中意見にわたる部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りする。
2 公務員の地位利用による選挙運動又は選挙運動類似行為の禁止について
法136条の2の規定は、公務員等がその地位を利用して行う選挙運動又は選挙運動類似行為を禁止している。
同条1項では、公務員等がその地位を利用して選挙運動をすることを禁止しているものである。
同条2項では、本来選挙運動に該当しないと考えられている、いわゆる立候補準備行為ないしは選挙運動準備行為であっても、公務員等がその地位を利用して行うことの弊害に鑑み、地位利用による選挙運動とみなしてこれを禁止しようとするものである。
これらの行為は、同項1号から5号までに列挙されているところであるが、いずれも公職の候補者又は候補者になろうとする者(公職にある者を含む)を推薦し、支持し、若しくはこれに反対する目的をもって、又は、公務員等が公職の候補者として推薦され、若しくは支持される目的をもってなされることが必要である。
「その地位を利用して」とは、その公務員等としての地位にあるがために特に選挙運動を効果的に行いうるような影響力又は便益を利用する意味であり、職務上の地位と選挙運動の行為が結びついている場合をいうものであるが、地位利用による選挙運動であるか否かは、個々具体の事例について判断されるべきものである。
3 戸別訪問について
法138条1項は、選挙に関し、投票を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもってする戸別訪問を禁止している。
本項によって戸別訪問が禁止されるのは、候補者又は選挙運動員に限られるものではなく、また、当該選挙における選挙人であると否とを問わないものである。
本項の選挙とは、具体的に執行される特定の選挙を意味するものであるが、当該選挙が行われることが確定することは必要でなく、選挙の執行されることが予測される場合を含むと解されている。したがって、選挙の期日の公示又は告示前であっても、本項違反は成立するものであるが、反面、選挙に関する戸別訪問であっても、投票依頼等の目的の伴わないものは本項の規定には触れないものと考えられる。
また、本項違反が成立するには、戸別に訪問するという客観的な行為と、それが投票依頼等の目的をもってな窪西駿介 拉致問題対策本部事務局総務・拉致被害者等支援室〈地方行政〉公務員の地位利用による選挙運動と戸別訪問されるという主観的な意思の存在が必要であるが、立候補者への投票を依頼する目的をもって行ったと認められるかどうかについては、直接的な証拠に限られるものではなく、訪問の時期、訪問者の数及び範囲並びにその行為等の外形上明らかな状況によって、行為者の意思が客観的に判断されるものと解されている。
4 設問の検討
(1)A県から補助金を受けている法人を訪問し、当該法人の代表者丙に依頼する場合
まず、推薦人としての加名や宛名書きを依頼することは、一般的には、それ自体は選挙運動ではなく、選挙運動の準備行為であると考えられることから、設問については、法136条の2第2項に抵触するかが問題となる。 この点、個々の行為が地位利用に当たるかどうかは、具体の事実に即して判断する必要があるが、副知事甲による当該行為が、A県からの補助金を受ける法人に対してのみ特になされた場合など、その職務権限に基づく影響力を利用してなされた選挙運動準備行為と認められる場合には、「その地位を利用して」行われたものとして、同項1号又は2号に抵触するおそれがあるものと考えられる。
(2)有権者の自宅を戸別訪問し、依頼した推薦葉書を配付・回収する場合
(1)において既述のとおり、推薦人としての加名や宛名書きの依頼については、一般的には、それ自体は選挙運動ではなく、選挙運動の準備行為であると考えられることから、法136条の2第2項に抵触するかが問題となる。また、有権者の自宅を戸別訪問して配付・回収を行っていることから、法138条に抵触するかも問題となる。
法136条の2第2項については、(1)と同様である。
法138条について議論すると、設問のように推薦人としての加名や宛名書きを求める等のための戸別訪問をすることは、それのみをもって直ちに本条違反であるということはできないものと考えられるが、訪問の時期、訪問者の数及び範囲並びにその行為等の外形上明らかな状況によって、戸別に訪問して投票依頼をする意思を併せ有すると認められる場合には、法138条違反となりうるものと考えられる。
5 おわりに
本問では、公務員等が行う地位を利用した選挙運動、及び選挙運動としての戸別訪問について検討を行ったが、特に、公務員等に対する選挙運動の制限は、法の規定による制限にとどまるものではなく、例えば、一般職の国家公務員に関する国家公務員法(昭和22年法律120号)及び地方公務員に関する地方公務員法(昭和25年法律261号)、国会職員に関する国会職員法(昭和22年法律85号)、裁判所職員に関する裁判所職員臨時措置法(昭和26年法律299号)のごとく、それぞれの服務規律の面から政治活動に対し制限が課せられているので注意を要する。地方公務員法における政治活動の制限について要約すれば、次のとおりである。
地方公務員法による制限について、一般職の地方公務員については、地方公務員法36条において政治的行為の制限の規定が設けられている。政治的行為の範囲については、同条1項及び2項に規定するところであるが、これらの政治的行為の中には、区域のいかんを問わず禁止される行為と、一定の地域においてのみ禁止される行為とがある。選挙運動はおおむね同条2項1号に該当する行為として、当該職員の属する地方公共団体の区域等の一定区域内においてのみ禁止されるものである。これに反して、法136条の2の規制については区域のいかんを問わず、その地位を利用した選挙運動が禁止されるものであることに注意を要する。また、地方公務員法36条の違反に対しては、懲戒処分の対象となるのみで刑罰の制裁のないことが、国家公務員法102条の場合と異なる。
本問の議論が、公務員等による円滑な選挙運営に資すれば幸いである 。
(※本記事は「自治実務セミナー」(第一法規)2019年3月号より転載したものです)