2019.01.28 小規模自治体
公務員の議員立候補 ──『町村議会のあり方に関する研究会報告書』について(その11)──
東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授(都市行政学・自治体行政学) 金井利之
はじめに
総務省に設置された「町村議会のあり方に関する研究会」の報告書(以下『報告書』という)の実体的な評釈を続けている。(その8)から、『報告書』の中核である「Ⅲ 持続可能な議会の実現」を論じ始めた。(その9)からは『報告書』の主たる提言であり、かつ、論争的でもある「2 新しい2つの議会のあり方」の検討を始めた。
しかし、2つの議会にリンクする固有の措置はなく、パッケージとして提示する意味はないことが明らかになった。むしろ、個々の措置についてそのあり方を検討することが求められているのである。そこで、前回からは「3 新たに検討すべき仕組み」として、個々の措置を検討している。前回は「(1)住民参画の仕組み」として議会参画員を検討したので、今回は「(2)公務員の立候補の支障を緩和する仕組み」を検討しよう。
基本的視点
すでに述べたように、議員のなり手不足の要因のひとつとして兼職規制があるという。もっとも、民間被用者との兼業には法的規制があるわけではない。各企業の就業規則の定めや議会運営の工夫次第だと『報告書』も指摘している。自営業者や企業経営者という観点からは請負禁止があるので、実質的な兼職・兼業規制であるということもできるが、この点は次回に論じたい。ということで、兼職規制とは、要するに、行政職員や政治家(議員・首長)との兼職問題である。このうち、「① 基本的視点」として『報告書』で検討されているのは、行政職員との兼職規制に限定されている。
『報告書』によれば、議員と常勤一般職公務員(いわゆる行政職員)との兼職については、地方自治法で行政職員の政治的中立性や職務専念義務などとの関係から禁止され、さらに、公職選挙法では、行政職員は立候補によって失職することとされている。つまり、兼職禁止以前に、立候補禁止がとられている。議員のなり手を増やすためには行政職員からも議員が登場することも考えられるが、現状では、立候補するだけで、失職又は退職せざるを得ない。その後、再び行政職員になるためには、競争試験又は選考で「採用」される必要があるため、復職は保障されていない。こうなれば、行政職員が議員になろうとしても躊躇(ちゅうちょ)するだろう。そこで、「公務員が立候補により退職した場合の復職制度」を設けることを検討するのである。
公選職間の兼職問題
『報告書』で論点として絞られているのは、行政職員と議員との関係であって、公選職間の兼職問題は、特段の説明もなく除外されている。これにも多様なパターンがあるが、国会議員、知事、都道府県議会議員、市町村長との兼職の問題である。このほか公選職に近い政治職として、国会議員ではない国務大臣や、国会議員公設秘書とか、いろいろ関係はありうる。
なお、議員は住所要件が課されているから、A市町村議会議員とB市町村議会議員との兼職も禁止されているが、理屈上は、住所要件を外せば、あるいは、複数住所(二重住民制など)が認められれば可能ではあるが、住民登録制度や代表制度にも波及するので、あまりに検討することが多いだろう。また、同一自治体内で、首長と議員を兼職するのは、執行機関と議事機関の分離関係からすると認められないということになるし、逆にいえば、首長と議員の兼職を認めることは、いわゆる一元代表制・議会内閣制ならば当然となる。これも、自治体政府制度の問題と連動するので、検討すべき点が多すぎるだろう。そういう意味で、『報告書』が論点を絞ったのは、ある意味で合理的だったといえる。
公選職間の兼職について、数の問題から現実的にありうるのは、市町村長と都道府県議会議員の兼職や、市町村議会議員と都道府県議会議員の兼職であろう。理屈上は、知事が地盤的に市町村議会議員を兼ねることもあり得なくはない。しかし、いずれにせよ、公選職間の兼職を認めても、市町村議会議員のなり手が増えるわけではない。単に、なり手がないので、同一人物が複数の仕事をこなすだけである。名目的に議員のポストが埋まっても、実質的に政治に携わる人員が増えるわけではない。その意味で、『報告書』が論点から排除したことも、合理的だったといえよう。
ただし、国会議員の資質を向上させるためには、自治体公選職との立候補・兼職を認めるのは、ひとつの方策かもしれない。現在は、国会議員は兼職ができないので、国会議員に立候補するには自治体議員を辞めるしかない。落選すればそのまま浪人になる。しかし、国政選挙で与野党逆転もありうる政党間の競争が重要であるならば、あるいは、与党が一強状態で常に大勝するならば、必然的に常に敗北=野党側の落選・浪人政治家を大量に生み出す。そのような人物が政治に実際にかかわり続け、捲土重来(けんどちょうらい)に向けた研鑽(けんさん)を積んで、政党間の競争を強化するには、自治体議員を続ける方がよいということも考えられよう。とはいえ、これは国政(正確には、国政野党または落選・浪人政治家)にはプラスになっても、国政挑戦のための「避難所」として自治体を利用することであるから、市町村議会議員のなり手を増やすことになるとはいえない。そもそも、現政権与党にはプラスにならないので、改革され得るはずはない。
立候補規制か兼職規制か
『報告書』は、実は行政職員と議員との兼職禁止を撤廃・緩和することを提言していない。同時に議員と行政職員とを務めることは、仮に同一自治体でないとしても、「公務員の政治的中立性から懸念がある」(19頁)からだろう。というのは、『報告書』は、復職制度を提言しているので、逆にいえば、議員の間は公務員身分を持たないわけであり、兼職規制の継続を提唱しているからである。そして、復職予定で公務員身分を持たない状態でさえ、政治的中立性の観点から懸念がありうるわけであり、ましてや、同時兼職はさらにハードルが高いといえよう。
『報告書』は現実的に、まず、復職予定によって風穴を開けようとする漸進路線をとったのであろう。これについては、現行法制でも、公務復帰が予定されているものについて、公務員としての身分を有しない間において政治的行為の制限が課されていない例が、「公益的法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律」にある、として正当化している。
このような誠に小さな一歩であるとしても、政治的中立性の観点からの懸念がありうるだろう。例えば、同一自治体内、つまり、A町職員が復職予定でA町議会議員になることが、議員として、あるいは、復職後の町職員として、それぞれ職務に悪影響を与えないか、という問題はあり得よう。むしろ、同時兼職であっても、同一層の異なる自治体間、A町議員(住所はA町ということ)とB町職員の方が、政治的中立性には影響が少ないかもしれない。また、A町議会議員とC県職員の場合には、異なる自治体ではあるが、C県がA町にいろいろな関与がありうる意味で、同時兼職であっても、復職予定であっても、同様に政治的中立性に影響があるかもしれない。いろいろ考えていくと、復職予定制度という低いハードルであっても、つまずく可能性はあろう。
ともあれ、同時兼職は『報告書』では除外されている。その意味で、兼業を原則として想定する多数参画型には該当せず、専業をイメージする「集中専門型において実効性が期待される」(19頁)とする。しかし、これまでも縷々(るる)述べているように、多数参画型においても、行政職員だった人が復職予定で議員になり、議員の間は別の副業・副収入で生計を補うことは、充分にありうる。そもそも、多数の議員を必要とする多数参画型の方こそ、兼職の必要性は高い。さらにいえば、同時兼職が求められるかもしれないくらいである。したがって、仮に復職予定制度を導入するならば、すべての議会に一律に導入するのが適切であろう。
公務優遇といわれないか
もうひとつ問題となりうるのは、『報告書』は公務員に復職制度を導入する、ということそのものである。行政職員だけ、立候補に際して復職予定というリスク軽減がされるのは、民間との間において不平等で、公務優遇ではないか、という反発がありうるかもしれない。もちろん、法制度上は、民間が復職予定制度を導入するのは、民間企業経営者が決定すればよいのであって、公務のみを優遇するものではないと反論もできよう。とはいえ、現実に民間で復職予定制度が一般的でないとすれば、情勢適応の原則からいって、実態として公務優遇といわれるかもしれない。
公民均衡の観点からは、3つの方向が考えられる。第1は、民間に対しても復職制度導入の義務を課すことである。もちろん、総務省の能(よ)く為(な)し得ることではないが、問題提起にはなる。
第2は、民間が経営判断で導入できるように、公務も経営判断で導入できるようにする、ということである。つまり、法制度で一律に復職予定制度を導入するのではなく、自治体ごとに、経営判断で復職予定制度を導入できる、ということにする。こうすれば、民間とはバランスがとれるかもしれない。とはいえ、これでは各自治体の経営判断になるので、議員のなり手は増えないかもしれない。さらにいえば、同一自治体の場合には、ある首長が、自らの現在及び未来の部下を議会に送り込んで、議会をコントロールするために復職予定制度を導入するかもしれない。逆に、異なる自治体の議員のなり手を増やすために、ある自治体が自らの職員を差し出すのも、また考えにくいだろう。
第3は、割り切って、模範的雇用者として自治体を位置付け、民間に対して復職制度導入を先導すると位置付けることもあり得よう。この意味では、公務の優遇ではあるが、あくまで過渡的な手段と考えることである。
制度詳細
『報告書』は、復職予定制度について、「② 考えられる制度の詳細」を論じている。簡単にいえば、行政職員の都合で立候補・辞職され、しかも、復職を許容しなければならないとするならば、人事管理に影響を与えるので、人事権者・任命権者は困るといえよう。その意味で、「(a)任命権者の人事権への配慮」が必要だという。つまり、復職申出期間を限定し、復職時期にも裁量を認める、という提案である。また、「(b)退職手当の退職前後の期間の通算」も論じられている。
神は細部に宿るのであって、これらの詳細設計によっては、議員のなり手を増やす効果は小さくなるかもしれない。退職手当の計算期間を通算した方が、行政職員にとっては立候補の不利益は小さくなるだろう。また、復職申出が、落選した場合には辞職してから1年以内、当選した場合には1期満了・再選不出馬から1年以内、という提案は、それなりに合理的であろう。リスク軽減という意味では、職業=収入が継続することが重要なのであって、何年もたってから復職することまで保障する意味は考えられないだろう。
また、1期目の任期途中で辞職した場合は、辞職後1年以内ということも提案されている。上記の観点からは当然ともいえる。とはいえ、議員辞職にはいろいろな要因がありうる。普通の辞職であればよいが、例えばスキャンダルの引責辞任の場合、任命権者としては復職を認めなければならないとすれば、住民からは違和感があるかもしれない。逆に、復職させた上で、懲戒処分ができるようになるという意味では、かえって好都合かもしれない。とはいえ、政治責任での引責を、行政職員としての懲戒に用いていいのかといえば、これまた問題も感じられる。
おわりに
兼職規制の撤廃という大きな論点に関して、『報告書』は、とりあえず「公務員の立候補の支障を緩和」するとして、「復職制度」を提言する漸進路線を採用した。その意味では、議員のなり手を増やす効果は極めて限定的と思われる。それでも、政治的中立性や公務優遇の観点からは、決して低いハードルとはいえないようである。とはいえ、何もしないよりは、少しでも議員のなり手を増やした方がいいという意味では、実現に向けて充分に検討することは意味があろう。ただし、このときに、集中専門型や小規模市町村に限定する意味はほとんどなく、一律に検討するのが自然であるように思える。【つづく】