2018.05.10 コンプライアンス
第7回 選挙事務所、どうしてますか?
検討
それでは、以上を踏まえて各設問の帰結と理由を検討していきます。
Q1について
① 選挙の告示前に選挙事務所の物件を探すことは、解説2の1(1)で述べた選挙運動の準備行為として認められています。ただし、物件探しの依頼にかこつけて投票を依頼すれば、それはもはや準備行為といえず事前運動となりますので、注意してください。
② 選挙事務所の物件探しにおいて、優先的に紹介するように依頼することは、その態様が社会通念上正当な交渉といえる範囲であれば許されます。社会通念上正当とはいえない場合としては、例えばライバル陣営がすでに物件の契約直前となっているところを無理矢理横取りすること、ライバル陣営から問合せがあった場合に虚偽の説明をするよう不動産業者に指示することなど、取引を阻害したり取引行為として相当性を欠くようなものが挙げられます。このようなことがあった場合、ライバル陣営から民法上の不法行為責任(損害賠償)を追及されかねません。
なお、選挙区内に居住する不動産業者に対して、設問のような物件の優先紹介やライバル陣営に紹介しないことに対して謝礼の支払を持ちかけたりした場合は、運動買収として買収罪(221条1項1号)が成立する可能性があります。
Q2について
解説2の1(5)で述べたとおり、選挙事務所の設置の形態について公選法は規制を設けていませんので、合同の選挙事務所も開設できます。ただし、設置にかかる費用や経費については、その使用状況に応じて按分しておく必要があります。
Q3について
解説2の1(3)にあるとおり、公選法は選挙事務所の広さについての制限は設けていませんので、広い倉庫を選挙事務所としても問題はありません。ただし、情報の管理とセキュリティ対策も考慮しなければなりませんし、選挙費用の制限がある中で空調費用等がかさむデメリットもあります。
Q4について
原則として、選挙事務所は候補者1人につき1箇所に限られています(131条、令109条)。そのため、複数の場所に選挙事務所を置くには、事務所を移転(廃止と開設を行う方法を含む)させるしかなく、移転できるのは1日につき1回限りとなっているため(131条2項)、最大で選挙運動期間の日数分移動できることになります。
もっとも、選挙事務所を移転させる労力や手続などの手間を考えれば、あまり現実的ではないように思われます。
Q5について
選挙事務所の開設を連絡する際、案内文書に「選挙事務所」と記載して積極的に開設をアピールしたり、選挙における投票や支援を求めるような内容を記載すると、事前運動(129条)に当たるおそれがあります。
選挙事務所の借入交渉などが「選挙運動の準備行為」とされること(解説2の1(1))との関係ですが、選挙事務所の借入交渉は告示後に選挙運動を開始するに当たり必要な準備行為といえるのに対し、支援者に対する選挙事務所開設のお知らせは選挙運動に向けた準備行為として必須とはいえません。むしろ、支援者に対する選挙戦アピールないし支援のお願いの意味合いもあり、実務上認められている「選挙運動の準備行為」に当たらないといえます。
Q6について
公選法は選挙事務所の設置場所を制限しておらず、投票所近くにある道沿いに開設することもできます。ただし、選挙当日に限り、選挙事務所が投票所入口から直線距離で300メートル以内にある場合は閉鎖しなければなりません(132条、134条)。もし距離制限に抵触してしまった場合は、事務所を移転するか、投票日前日までに事務所を閉鎖しなければなりません。
Q7について
選挙事務所かどうかは名称のみならず、その場所で行っている業務の内容も踏まえて判断されます。選挙はがきの整理や候補者の街頭活動計画の打合せなどを反復継続して行うような場合には、実質的に選挙運動に関する事務を行っていると考えられ、選挙事務所に当たるとされ、原則として1箇所しか認められない選挙事務所の数の制限(131条)に抵触する可能性があります。
Q8について
133条は「休憩所等」の設置を禁止していますが、選挙事務所内の休憩スペースはこれに含まれません。しかし、他の候補者の選挙事務所は、「選挙事務所内」とはいえません。したがって、その場所を休憩や昼食スペースとして利用すれば、休憩所を設置したものとして公選法違反となります。
Q9について
解説2の2(1)ア(カ)で説明したとおり、デジタルサイネージは143条2項の禁止する「電光による表示」又は「映写等の類」の掲示に当たり、許されません。
Q10について
看板2枚をつなげて利用した場合は、全体として1枚の看板となります。選挙事務所を表示するための看板はサイズが決められており(143条9項)、全体の大きさがその大きさを超える場合は同条項違反となります。また、看板を折り曲げて立体的に利用することもできません。
Q11について
選挙事務所内に掲示できるものは限定されており(143条1項)、解説2の2(2)ア(ウ)にあるとおり、選挙運動用ポスターについては市町村長選挙及び地方議会議員選挙では144条の2第8項によるポスター掲示場が設けられていない場合に限り、選挙事務所内に掲示することができます。
それ以外のポスター・後援会の広報紙などについては、そもそも掲示が認められていません(解説2の2(2)イ(イ)・(ウ)参照)。
Q12について
解説3で説明したとおり、選挙事務所内に選挙運動員のための休憩スペースを設けることは、選挙事務所の機能として当然含まれていますので、133条の「休憩所等」には当たらず、設置することができます。
ただし、当該休憩スペースを選挙事務所を訪れた一般の有権者にも開放して使用させる場合は、選挙事務所の機能としてではなく選挙運動のために有権者の休憩所を設置したといえ、違法になると考えます。
まとめ
選挙事務所はまさに選挙運動の拠点であり、候補者をはじめ選挙運動員、労務者、支援者など多くの人が集まる場所です。
そんな選挙事務所そのものが違法であったり、選挙事務所でやってはいけないことをしていては、公人であり社会の範となるべき政治家への信頼が揺らぎかねません。
そもそも選挙事務所の立ち上げ時期は立候補に向けた準備で忙しい時期で、何をすべきかや何ができるかについてじっくり考える余裕がないことも多いかと思います。
公選法の選挙事務所についての規制は、寄附や事前運動の禁止などと比べて明確で分かりやすいものが多くなっていますので、時間があるときに条文や本記事を参考にポイントを押さえ、いざ選挙戦では全力を立候補準備や選挙運動に注げるようにしていただければと思います。