2017.02.10 仕事術
第3回 公営企業会計の決算認定は、監査の視点が役に立つ
あくまでも予定にすぎない予算
一般会計の予算書と企業会計の予算書は構成が大きく異なっている。企業会計の予算書では、第2条(業務の予定量)、第3条(収益的収入及び支出)、第4条(資本的収入及び支出)と、いずれも予定額が文言で記載されている。これらを含めて全8条、本文は3頁である。附属資料として、一般会計の予算書と同様の形式の予算実施計画が、収益的収支と資本的収支に分かれて記載されている。この実施計画は一般会計の予算書と書式が類似しているため、予算審議でも質問は実施計画部分に集中する傾向がある。
一般会計であれば、予定額という記載はない。一般会計の場合、「予算で支出を縛る」ことが前提であるため、増額も減額も議会の議決事項である。予算という設計図を粛々とこなすことが民主的な統制の証しである。しかし、企業会計は、予定の予算を議決することとなる。当たり前だが、一般会計が予定の予算で提案されることはあり得ない。
予定を前提にしている理由を、水道事業を例に考えよう。水道使用量が増えた場合は、それに見合う形で費用も増える。予定量を超えれば、予算を超えて費用も支出しなくては対応できない。水道使用量は、夏場の天候に左右されやすい。3か月に1度開催の議会で、7月の水道使用料の変化には対応できない。企業会計を予算でがちがちに縛って、変更の都度、議決が必要となってしまったら、経営の能率が低下し、本来の企業体としての効率性が発揮できない。そういった事情から、地方公営企業法24条3項で、業務に直接必要な経費については、議決を伴わない予算超過支出が認められている。同様に、資産についても、行政財産とは異なり、財産の取得や処分、使用料徴収、土地の貸付けなどは、議決は必要とされていない。公営企業の目的は予算を正しく使うことではなく、企業の設立目的が十分果たされることにある。水道事業でいえば、安全で適正価格の水道水が安定的に供給されることだ。一方で、予算の執行について自由度が高いということは、予算のみの統制では企業活動の統制は十分に働かない。そのため、監査委員が毎月行う例月出納検査によって経営を統制していくこととしている。
企業会計の決算では予算以上に財務三表の評価が重要
次に、企業会計の決算書を確認する。決算書の収入欄では、「予算額に比べ決算額の増減」という項目がある。この項目に、これまで述べてきた一般会計の決算と企業会計の決算の違いが集約されているといえよう。一般会計では、この増減をなるべく小さくすることに意を尽くすわけだが、企業会計では、増減が当たり前のものとして扱われている。企業会計の決算で重要なのは、公営企業の経営についての評価である。決算書には、1年間の経営活動の結果である損益計算書と貸借対照表が、決算附属書類には、キャッシュフロー計算書が附属している。改めて議事録をチェックしてみたが、実際の議会における決算認定に係る議論では、この財務三表をもとにした質疑は活発ではない。しかし、本来であれば、企業会計の決算は、企業の本来の目的が果たされているかをチェックする、つまり経営状態の評価が重要な役割であり、そのためには、財務三表こそが重要な資料なのだ。「利益の割には、営業キャッシュフローは不足気味ではないか。無理に益出しをしているのでは」などといった株主総会で交わされるような議論も本来はあってしかるべきだ。
企業会計の評価で重視すべきといわれている概念は、経済性(Economy)、有効性(Effectiveness)、効率性(Efficiency)の3Eである。一般会計では、予算が遺漏なく執行されているかをチェックすることに重点が置かれている。企業会計では何よりも経営の評価という視点が重要である。私が例月出納検査や決算審査での経営の評価で重視しているのは、「投下資本や投資に対して、どれだけ有効に利益や便益が確保されているか」である。一般会計の予算や決算では、資産や資本という意識が全くない。それは当然で、一般会計の予算や決算には、貸借対照表や複式簿記の概念がほとんど含まれていないからである。ただ、そのような状況に変化も訪れつつある。
一般会計にも貸借対照表が導入される
総務省では、平成32年度までに、全ての自治体に対して統一的な基準による地方公会計の整備促進の方針を打ち出している。その柱は3つである。①発生主義・複式簿記の導入、②固定資産台帳の整備、③自治体間の比較可能性の確保である。日本が少子高齢化社会を迎え、公共施設が供給過剰状態になり、また公共施設の維持管理コストが財政を圧迫しつつあることが背景のひとつにある。これまでも、固定資産の評価は行われてきたが、その形式が自治体によってまちまちだったために、自治体間比較が容易ではなかった。そこで、全国統一の基準で、企業会計のように貸借対照表の作成を義務付けることとなった。これによって、公共施設の整理に向けての住民合意形成のための基礎的な情報が提供されることとなる。この地方公会計改革によって、企業会計の決算にとどまらず、一般会計予算の審議や決算認定に当たっても、貸借対照表や減価償却の概念を前提にした議論が必要になる。特に重要なのが資本、つまり公共施設や投資の効率の評価である。一般会計と企業会計の視点の違いをよく認識して、かつ発生主義や複式簿記、減価償却の概念をしっかり理解していただくことは、企業会計の決算認定の質を高めるために重要であるばかりでなく、今後は一般会計における予算審議や決算認定でも重要になる時代がもうすぐやってくる。例月出納検査報告書にしっかりと目を通す必要があるだろう。
議選監査委員やその経験者は、企業会計の決算審査の視点を一般会計の予算審議や決算認定にも取り入れていく義務を負っていることはいうまでもない。そういう働きをしっかりしないと、ますます「議選監査委員はいらないよ」といわれてしまうことだろう。
〈参考文献〉
1 「地方公営企業法の適用に関するマニュアル」(総務省、平成27年1月)
2 「統一的な基準による地方公会計マニュアル」(総務省、平成28年5月改訂)