2016.07.25 選挙
【フォーカス!】国家論なき参院選
国と地方の今。明日の議会に直結する、注目の政策をピックアップして解説します。
国家論なき参院選
7月10日投開票の第24回参院選は、自民党、公明党の与党が69議席と改選過半数の61を上回った。さらにおおさか維新の会など憲法改正に前向きな勢力は非改選と合わせて、全議席の3分の2を超えた。(議席数は7月11日現在)
これによって、衆議院、参議院とも憲法改正の発議が可能になる。今後、憲法改正の動きも政治スケジュールに入ってくるだろう。安倍政権が選挙の勝つのは、政権を奪還した2012年12月の衆院選を含めると4回連続となる。安倍晋三首相の圧倒的な強さ、「1強状況」が裏付けられた。なぜ安倍政権は強いのか、考えてみたい。
インパール作戦
安倍首相は今回の選挙も「この道しかない」「アベノミクスを継続するかどうかだ」と訴え、経済政策を争点にした。同じ政策を3年以上続けてその成果が見えなければ、通常は失敗と言われるが、首相はそこを巧妙に「道半ば」と表現した。
消費税再増税の延期についても「新しい判断」と説明する首相である。失敗を認めず、有利なデーターをうまくアピールし、国民を信じ込ませるその手腕はさすがである。
一方、民進党など野党側は「アベノミクスは失敗した」と批判したが、その対案を十分には出せなかった。もっともアベノミクスの対案を出すのは至難の業である。
アベノミクスは経済学者の間からも旧陸軍による「インパール作戦と同じ」と評されることもある。この経済政策は、失敗したその後に何が引き起こされるのか予想さえ難しい、ばくちのようなものであるからだ。
金融緩和を推し進めて市場に流通する貨幣を増やし、インフレを引き起こす。公共投資など経済対策によって国の予算支出を増やし景気にてこ入れする。その間に構造改革をして経済成長を促すというのが3本の矢の役割である。
だが、成長戦略が不十分なために日本の実力を示す潜在成長力は0%からなかなか上がらず、政府目標にはほど遠い。2%の物価上昇目標は約束の期間を過ぎても達成されていない。
生産年齢人口が急速に減少する少子高齢化の国の成長率を上げるには、大幅な生産性の向上か、移民を受け入れることによる人口増大ぐらいしか、即効性のある方策はない。これに踏み込まない限り効果を期待するのは難しいだろう。
にもかかわらず、安倍政権は、東京五輪の開かれる2020年ごろには名目国内総生産(GDP)600兆円を目指すとする目標を掲げる。そうであれば、自民党総裁の任期を延長してでも、ぜひ安倍首相に東京五輪のホストをやっていただきたい。
600兆円を達成していればそれを素直に評価したい。下回ることがあるのならその理由を安倍首相の口から明確に説明してほしいからだ。よもや達成目標を延期することはあるまい。
憲法改正論議が…
「気を付けよう、甘い言葉と民進党」。選挙期間中、安倍首相が好んで使ったフレーズだ。争点をつくらず、自らの政策については「道半ば」を強調することで、付け入る隙を与えない。相手を徹底的に批判することで、民主党政権に対する国民の「がっかり感」を呼び覚ます。
南シナ海をめぐる中国と周辺諸国との緊張、北朝鮮の存在を追い風にして、力強いマッチョな指導者であることをアピールする。選挙巧者である。安倍政権の存在目的が、選挙に勝つためにあるのでは、と思わせるほどだ。
国民に審判を仰ぐのではなく、ひたすら争点を隠しイメージに訴える選挙を展開する。一度下野することで政権を失うことの怖さを知ったのはいいが、それが違う方向に発揮されてはいないだろうか。
一方で民進党、共産党など野党側は「3分の2阻止」「安倍政権下での憲法改正を許さない」をキャッチフレーズに結集したが、野合批判に十分な反論ができなかった。さらに憲法改正の問題点を具体的に訴えることができなかったのも大きい。
ただ、全32の改選1人区を見ると、自民党の21勝11敗、つまり野党側は11人の当選となった。福島と沖縄で現職閣僚が落ち、青森、岩手、宮城、山形の東北と、新潟、山梨、長野、三重、大分で与党は敗れている。
東日本大震災からの復興や環太平洋経済連携協定(TPP)、米軍基地問題といった争点が明確になっている地域では、安倍首相が何回も応援に駆け付けたにもかかわらず、与党への批判は強かった。つまり、政策を是々非々で考えれば、政権への批判が高まっていると言えるのではないか。
今後、憲法改正が国会で審議されることになるが、自民党が野党時代の2012年にまとめた憲法改正草案をベースにするとなれば、かなりユニーク議論が展開されるのではないか。自衛隊を国防軍にするのかといった差し迫った問題だけではない。
現行憲法の97条にある基本的人権の尊重は、自民党案では削除された。草案は国家が前面に出た内容である。近代の人権の考え方とは少し違う、別のパターンの国家主義的な民主主義ともいうべきものだ。この自民党案が、国際的な評価に耐えられるのかも注目したい。
地方創生は争点にならず
安倍政権が進める「地方創生」は、2014年12月の衆院選、2015年4月の統一地方選では、自民党の金看板だった。「アベノミクスの成果を全国津々浦々まで届ける」というフレーズとともに、絶叫しない政治家はいなかっただろう。
この参院選でも、自民党は「地方創生なくして日本の再生なし」というフレーズを選挙公約で掲げたが、地方向けの看板政策は「1億総活躍社会」に差し替えられた。
地方創生の目玉は、東京一極集中であったはずだ。安倍政権は、政府関係機関や企業本社の地方移転も打ち出しているが、中央省庁で移転しそうなのは文化庁の一部など数えるほど。企業本社にも目立った動きはない。
一方で、東京圏の15年の人口移動は約12万人の転入超過。4年連続で転入超過が拡大している。本当は、第2弾、第3弾の省庁移転も含めて打ち出すべきであろう。地方創生に関しては、「国がそう言っているから合わせているだけ。効果があるとは思えない」といった声が、首長の間からも漏れる。
政策の上塗りをして失敗を糊塗しても仕方がない。地方創生に関しては、本気度が問われている。国がもっと前面に出て地方移転を進めることを期待したい。