2019.10.25 予算・決算
議会のための予算のトリセツ
東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授(都市行政学・自治体行政学) 金井利之
はじめに
前々回・前回において、拙著「トリセツ」(『自治体議会の取扱説明書』第一法規、2019年)で論じたかったことのうち、二元代表制という用語を乗り越えることと、行政職員を使いこなすべきことについて触れた。
繰り返せば、行政職員は、首長部局の職員であったとしても、首長の下僕ではなく、すべからく自治体という団体の公僕であるから、議会・議員も首長と同様に行政職員を使いこなすべき、ということである。ただし、勘違いしてはいけないことは、議員の下僕であるわけではないことである。行政職員を小間使いとして濫用してはいけないし、気に入らない職員に対して左遷などを求めてはいけないし、気に入った職員の情実的抜擢(ばってき)を求めてもいけない。
さて、「トリセツ」でいいたかったことの三つ目を説明してみよう。それは、予算に関する審議・決定こそが議員・議会の本丸だ、ということである。
条例制定に過大な期待をしない
一般の議会改革論では、議会は「立法機関」なのであるから、条例制定、特に議員提案条例を制定すべきだ、といわれる。現状の議会は、首長提案の条例案をほぼそのまま丸飲みして議決するのが普通である。「三ない」議会といわれることもあるが、いろいろな「ない」が存在する。提案しない、修正しない、否決しない、賛否を明らかにしない、等である。さすがに、質疑しない、討論しない、ということはあまりないが、形骸化していることも多い。それゆえに、条例制定に対して、もう少し議会が積極的に関わることが期待される。
筆者も、議会が条例制定に積極的に関与することには異存はない。とはいえ、実際に制定できるのは、中身のない「乾杯条例」ぐらいである。そもそも、地元特産のアルコールを推奨することは、自治体の産業政策としてはありえるかもしれないが、率直にいって、大きなお世話である。したがって、通常は何らの義務付けをするものではない。義務付けもしないのに条例で制定する必要もない(条例事項がない)。しかも、特定のアルコールを権力的に推奨すること自体、市場メカニズムをゆがめる余計な介入である。
乾杯条例は、非常に簡便な条例のため議会が制定できるので、安易につくられるのかもしれない。また、アルコール・ハラスメント的な要素は含むものの、強要しない限りにおいて人畜無害ということかもしれない。もっとも、例えば東須磨小学校を抱える神戸市が「激辛カレー条例」を制定していたならば、深刻な問題となっただろう。乾杯条例といえども、本当に人畜無害といえるのかは、大いに疑問もあるところである。こんな条例があれば、アルコールの苦手な人は、首長・議員・職員・住民になりにくいだろう。
脱線が過ぎてしまった。以上のように書くと、議員提案条例とか議会の条例制定は無意味であるかのように思われるかもしれないが、そうではない。結局、前回のテーマに立ち戻るが、執行部所管部課の行政職員の補佐を受けながら、条例の立案・検討を行うことができていないことが問題なのである。行政職員とのやりとりの中で条例制定をするのであれば、全く問題はない。そうなれば、「乾杯条例」のような形で名目的な条例制定の成果を誇示する必要もない。むしろ、行政サービスに具体的に関わるような重要な条例について、議員の意向を盛り込めばよいのである。